立海

□俺の幸村
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「さ、な、だ」

「ああ…すまない」

差し出された手にタオルを渡す。
小さな公園の東屋に落ち着いた俺たちは、降り頻る雨音を聞きながら暫し灰色の空を見上げた。

他に人はいないようで、打ち付ける雨の音だけが聞こえる静かな場所だ。
足下の紫陽花は雨粒を受けて生き生きとしていた。
思った通り幸村は紫陽花を愛でている。
その横顔を俺が愛でているとは知らないだろう。無論表情には出さぬから気付くはずはないが。

幸村の濡れた毛先から滴が落ちる。
首を傾げると首すじに流れ落ちてワイシャツの襟元に消えた。

「いい場所を知っていたのだな」

ぶっきらぼうに言って幸村から視線を外した。

「うそばっかり。知ってるくせに」

「10年近くも前だろう。覚えているものか」

「へぇ〜10年前かぁ」

まんまとしてやられた。
しかめっ面をして返すが、幸村にからかわれるのは嫌いではない。
俺をからかえば幸村は必ず笑うのだ。

くつくつ笑えば、毛先の滴がまた落ちてきて、髪を耳にかける幸村の仕草に期待を寄せた。
今の幸村の機嫌は上上だ。
人目がないのも好都合だ。
ほんの一瞬唇を舌で舐めたのは、幸村からの合図と見ていいだろう。

「幸村」

持ち前の渋い低音に更に磨きをかけて呼ぶのは、幸村がこの声に欲情するのを見抜いているからだ。
ぴくりと肩をふるわせた幸村は、膝を抱えてじっとしていた。
目先の紫陽花などもう目に映ってないだろうに。

「いいのだな、幸村」

背後にしゃがんで幸村の背中にぴたりと胸板をくっつけた。
互いの濡れたワイシャツが素肌に冷たい。
腕のなかに包んだ幸村の鼓動を静かに感じて目を閉じる。

「真田ぁ…」

もう少しこのままで居させないか。
冷たいシャツの奥の熱い体温とか、滴が伝ううなじの匂いとか。
俺のボルテージが上がっているのがわかるだろう。

「背中、あつい…」

「当然だ。ならばどうする」

やがて重みに耐えきれず体勢を崩した幸村は、紫陽花を庇うようにして地面に手を着いた。
雨の勢いは未だ衰えない。
東屋を囲う紫陽花の群生が、俺たちの姿をくらましてくれるだろう。
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