立海

□キングと神の子
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未だに返信のない幸村を不審に思って家に訪れて来た柳蓮二は、ちょうど黒塗りのリムジンが行く先に乗り付けているのを目撃した。
はっきりと姿を見たわけではなかったが、胸騒ぎを覚えて幸村の部屋がある二階を仰ぐ。

(精市…)

リムジンが唸りながら発車した先に目をやると、

(弦一郎か)

塀と電柱の陰に潜むように立っていたのは真田弦一郎だった。
やがてリムジンが見えなくなってから、静かに近寄って声をかけた。

「弦一郎。お前も来ていたのか」

「…蓮二か。昨日の試合、さすがの幸村も身体に堪えたのではないかと思ってな」

手には労るつもりで用意したらしい飲み物やゼリーが入ったビニール袋を提げていた。

「まったく…返信くらい寄越せばいいものを」

わざとがましく幸村を咎める真田の苦痛が、柳にはよくわかってしまう。
だが、拭いきれない不穏な現実を共に受け入れなければならなかった。

「俺としたことが…後手に回ったのだ」

固く握りしめた拳が震えていた。
俯いた表情は読み取れないが、悔し泣き寸前の状態に違いないだろう。

「だが分かりきっていた。あの試合を見ていれば、幸村の生き生きとした闘志が、歓喜が…俺には与えてやる事など到底できないものを奴はやってのけた」

苦しむ友の声に、沈黙するのが精一杯だった。

「俺には出来んのだ。幸村を越えるだとか、幸村のテニスに真正面から挑んでやる事すら俺は逃げる事しか出来んのだ」

真田の言わんとする事は、柳にもよくわかった。

「勝ちたいとか負かすとか、俺にとっては幸村はそんな次元ではないのだ…」

「…弦一郎、俺とて同じだ」

ああ、幸村の中の固い蕾がふくらみ始めたのだと思った。
そして今、幸村は自ら希望と跡部を選んでいったと理解する。

真田が幸村に友情だけではないものを秘めていると、比較的早くから感づいていた柳だった。
幸村もまた、真田には信頼と尊敬をしていたのは間違いない。
テニスはどうか。
実力は幸村優位ではあるが、だからといって真田が劣位とは決して言えない。
試合をすれば何か規制線を張っているようなラリーをよくした。
ほんの僅かな変化だから、柳以外のメンバーにはわからないだろう。
そうはいっても柳とて二人の奥深い関係性は分かりかねるし、そっと見守っていてやりたいと思っていた。
友というのでは軽すぎるし、ライバルという月並みな存在ではないだろう。
幼少の頃からの付き合いだという。

(銘銘が大事に、大事にしまっておきたかったのではないか…)

真田の悲しみはいかばかりか。

「弦一郎、少し海岸を歩かないか」

断られる確率は高かったが、してやれる事といえばこれくらいしか思いつかなかった。

「…否、悪いがしばらく、一人で…このまま…」

一人になれば、真田は男泣きに泣くだろう。

「…そうか。また明日」

言ってから、明日…なんて言わなければよかったと思う。
明日の幸村は真田の知る幸村ではないのだから。

「…連二すまない」

振り返れば、

「赤也を頼む。今の俺では示しがつかん。場所は…」

「ああ、任せておけ」

こんな時までこの男は、どうしようもなく真っ当だ。

「弦一郎、これまでと変わらず支えてやれ。精市の帰る場所は変わらないはずだ」

酷いことを言っただろうか。
そんな事はない。
真田は幸村を許し入れるだろう。
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