その他CP・物語の段

□理由はいらない
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 それから一ヶ月。あの夜の会話が嘘のように、翌朝からは今までとなんら変わらない生活を送ってきた。
 けど…
 ――もうそろそろ返事欲しいな…――
 うつらうつらと微睡む中、ふっと部屋が暗くなったのに気がついた。いつの間にか石臼を挽く音も止まっていたらしい。
 衝立の向こうから聞こえてくる静かに布団へ入る衣擦れの音は、やがて静かな寝息へと変わるのだろう。
 どこを見るともないが、目をそちらの方に向けてみる。
 決してそちら側を見ることの出来ない衝立は、こんなにも近い距離を遥か遠い場所へと変えてしまう。
 ――まるで俺を拒んでいるかのようだ……――


 「しっかり掴まってろー!」
 六年生全体で行うサバイバルの授業は、教師陣が予め下見を行っていて安全が確認された上で行われるのに、なぜだかいつも命がけだ。
 その理由は明らかで…
 「ごめん、留三郎〜」
 「いいから、喋るな〜っ!くぬぅっ!」
 食満は吊り橋から落ちそうになる伊作の手をがっちりと握っていた。
 伊作越しに見える遥か下にはごうごうと流れる渓谷。
 ――落ちたら一環の終わりだ…!――
 食満はごくりと唾を飲み、伊作を掴むと右手と、吊り橋を掴む左手に更に力を込める。
 「僕が不運なばかりに…」
 「喋るなってー!!」
 いつもそうだ。伊作の不運に巻き込まれるのは慣れている。




 「くそっ、ここまでくるのに時間がかかってしまった!急ぐぞ、伊作!」
 サバイバル競争の丁度中間点を示すチェックポイントを一番最後に通過した食満と伊作。
 「ごめん、留三郎。僕の不運のせいで…。スタートと同時に泥水が貯められた落とし穴にはまり、泥水からやっと這い出して走り出したのに、先生が不意打ちで投げてきた木の板を手裏剣を打って落とそうとしたら手に着いた泥で上手く打てず、飛んで行った手裏剣が蜂の巣を落としてしまい、怒った蜂に追いかけられてやっとの思いで逃げ切ったら山の上から大きな岩がゴロンゴロン落ちてきて…」
 ようやくサバイバル競争の本線に戻ってきたわけだ。
 「先頭は文次郎と仙蔵ペアらしい。負けてられるかぁ!」
 「さすがにここまで立て続けに不運が来ると、もう今日は来ない気がするね」
 「あぁ。もう大丈夫だろう!一気に文次郎と仙蔵に追いつくぞ!」
 「うん!」

 その後の障害をなんなくかわして行くと、山道が突然終わり目の前に一本の吊橋が現れた。
 「留三郎!あれ、長次と小平太だよ!」
 中在家長次と七松小平太がまさに今、吊橋を渡って行く姿が見える。
 「先頭集団が見えたな!このまま走り抜けるぞ、伊作!」
 「うん!」


 
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