その他CP・物語の段

□理由はいらない
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 「留三郎…」
 伊作は少し困ったように眉をハの字にし首を傾げ、
 「ん?」
 「やっぱり熱でもあるんじゃ?」
 そう言うと食満の額に右手をあてがった。
 「だぁ!違うっての!」
 「でも今日の“怪我をして動けない仲間を背負って岩登りをする授業”で、岩登り中に鉤縄の爪の部分が折れて川に真っ逆さまに落ちて、一日中着替えられずに濡れた服でいたんだ。風邪をひいていたって仕方が無いよ?」
 「……あれは本当に不運だった…」
 「僕の不運の所為だよね…。僕が動けない仲間の役で留三郎に背負ってもらってたから…。すまない、留三郎」
 「いや、いいんだけどさ。て、話をすり替えられた気がする…。いいか、伊作。俺は熱なんか出してないし、ふざけてなんかいない」
 「……」
 ようやく伊作も食満の心の内を理解したようで、恐る恐る
 「…なんで僕なの…?」
 さながら怯えた小動物のように上目遣いに聞いた。
 「……。理由なんているのか?」
 「…ぇ?」
 「誰かを好きになるのに、理由なんているのか?」
 食満の真っ直ぐな視線から逃れることができず、伊作の体はまるで石になってしまったように動かなかった。
 「そ、それは…」
 ごくり、と伊作の喉仏が上下する。
 「理由が欲しいなら、」
 なおも伊作の目を見ながら食満はゆっくりと言った。
 「それは伊作だから」
 「?」
 「俺は伊作だから好きなんだ。文次郎や仙蔵たちとは違う。伊作だから…」
 「……」
 伊作の手が微かに震えるのが見える。
 「僕も、留三郎のこと好きだよ?でも…」
 「でも?」
 「…でも、それが友情とか恋愛とか、どうゆう好きなのかは分からない…」
 伊作はようやく食満から目を離すと、俯きゆるゆると首を左右に振った。
 その姿を見たら、食満の中で熱を持っていたものが一気に冷静さを取り戻した。

 ――なに言ってんだ、俺…。なんで急にこんなことを…――

 「ごめん。いきなりで混乱させちまったよな…ごめん」
 「ううん」
 伊作は首を振り、
 「その返事、少し待ってもらえるかな…?」
 てっきり、ごめんなさいが返ってくるかと思いきや、伊作はその答えを探そうとしてくれた。
 「…も、もちろん!」
 それだけで嬉しかった。しかし、
 「僕も留三郎の気持ちに気付かずにいたなんて…」
 「いや。気付かれてたらダメなんだよ」
 「急なことで頭が混乱しちゃって…。すまない、留三郎」
 「謝んなよ。なんか返事もらう前から振られた気分になるだろ」
 「うん、すまない」
 「いや、だから…」
 「すまない…」
 「人の話聞いてる?」
 「すま…」
 「だぁっ!!」


 
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