その他CP・物語の段

□Absolute Zero
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 忍術学園の自室に戻ると、まだ伝蔵は行燈の灯で書類を片付けていた。
 「遅かったじゃないか、半助?」
 「えぇ、ちょっと迷い子の母親を探していまして」
 「迷い子?」
 土井は虎之助の一件を話して聞かせた。
 「それは良いことをしたな」
 「はい」
 だが、べっこう飴と最後に感じた虚無感はあえて話さなかった。
 「さて、寝るかな」
 「はい、私も風呂に入ってきて寝ます」
 風呂の道具一式を持って立ち上がると、その背中に伝蔵が話しかけた。
 「そうだ、半助」
 「はい?」
 「今度の休みの予定は?」
 「?…今度の休みは、長屋の溝掃除の当番なんです」
 「そうか…」
 「何故ですか?」
 「いや、私も久しぶりに我が家へ帰ろうかと思ってな」
 「は組の補習ですか?」
 「いいや。たまには一緒にどうかと思って」
 「山田先生のお宅へ?」
 「ああ。妻も会いたがっているし」
 「そんな。お邪魔になってしまいますから」
 「そんなことはない。今日利吉が持ってきた荷物に文が入っていた。“半助はお元気ですか?きっとたくましい先生になられたことでしょう。会いたいですね”、と」
 「それは嬉しいですね、しかし…」
 「分かっておる。今度の休みはダメなのだな。ならその次の休みにしよう」
 「……はい」
 「……」
 「おやすみなさい」
 にこりと微笑んで土井は障子を閉めた。

 身体を洗い熱い湯に浸かる。
 ――山田先生は嘘をついた――
 土井には分かっていた。
 ――あの人は嘘をつくとき必ず左側の口端が少し高く上がる――
 本当は伝蔵の妻から文など入っていなかったのだ。いや、文はあったのかも知れないが、最後の会いたいですね、とゆう一文を付け加えたのかも知れない。
 「……」
 土井を連れて帰りたかったのだろう。
 ――本当は帰る予定などなかったくせに…――
 全ては伝蔵の優しさだ。
 
 心身を引き締める為に最後に水を頭から桶一杯被り、土井は風呂を出た。


 
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