その他CP・物語の段
□Absolute Zero
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町には本当に様々な人がいて、それを観察するだけでも楽しい。
井戸端会議をする主婦や、安売りの呼び込みをする店主、上手いこと大人の足の間をすり抜けて鬼ごっこをする子供。
土井は学園長の命を済ませるとゆっくりと歩き、町の様子を見て回る。
忍者として色々な人に変身する為に必要な情報でもあるし、ただ面白がっているだけでもある。
「…おや」
ふと飴屋が目についた。
「懐かしいな…」
ふらりと立ち寄ってみる。
店の中には様々な飴が並んでいた。
「ほぅ…、これは素晴らしい」
目を引くのは細かい部分まで綺麗に形作られた飴細工。
しかし土井はそんなものよりも、ただのべっこう色をした飴の前に立っていた。
それらを見つめ、はるか昔の記憶を引っ張り出す。
――母上がおやつに食べさせてくれた…――
母のように優しい甘さのべっこう飴。いつから食べていないのか思い出せないほど口にしていないことに気がついた。
いや、あえて口にしてこなかった。それは自身の記憶を封じ込める為。
――…食べてみようかな…?――
土井は懐から巾着を取り出し、べっこう飴を一つ買った。
「……」
飴屋を出て暫く歩く。
太陽は沈み月が出始める前。町から人は消え、代わりに家々の窓からは灯りが漏れる。灯り一つ一つの下にそれぞれの家族があり、会話があるのだろう。
立ち止まり、夕闇の中をうっすらと瞬きはじめる星にべっこう飴をかざしてみた。
目の前にあるそれは、まるで土井が夜空からつまみとった星屑のよう。
――…買ってはみたものの…――
せっかく買ったのに未だ口にすることができないのは、どこか身体がそれを体内に入れることを拒否しているからか。
――口にする勇気が、まだない…――
その時、
「っ!?」
突然、降ろされている土井の左手を何かが握った。
慌てて体の左側を見やると、土井の腰ほどの小さな男の子供が土井の手を握っていた。
「…?」
見るとその子供の頬には涙の痕が残り、今なおその大きな瞳から新しい涙がこぼれ落ちそうになっている。
「…君は…?」
「母上……ひっく」
「迷い子…?」
「ひっく…はは、うえと…ひっく、はぐれ、ちゃった…ひっく」
「あー、分かったから泣かないで!あっ!ほら、飴、舐めるかい?」
「ひっく…ひっく…」
「ほら、飴舐めて落ち着いて。どこではぐれてしまったのか教えてくれないかい?私も一緒に探そう、ね?」
「うん…、ひっく」
子供は土井からべっこう飴を渡されると小さな口にそれを含んだ。
「美味しいかい?」
こくん、と小さく頷くその顔からはもう新しい涙の粒は溢れていない。
「さて…」
辺りを見渡しても人の姿はない。
「どこから来たんだい?」
「……」
「誰と来たんだい?」
「…母上」
「お母上とはどこではぐれちゃったか分かるかい?」
「……」
ふるふると首を横に振る。
「…名前は?」
「……」
ちらりと土井を見上げたが、再び首を横に振った。
「んー、困ったねぇ。せめて名前が分かれば声を上げて呼びかけられるんだけどなぁ」
「……母上が…」
「?」
「知らない人には名前を教えちゃダメだって…」
「……」
――その知らない人に手を繋いできたのはどこの誰だか――
子供特有の矛盾した行動に苦笑をし、
「じゃあ、どっちから歩いてきたのかな?」
子供の指差す方へゆっくりと歩き出した。
「お母上とはこの町に買い物に来たのかい?」
「……」
一つ頷き肯定の意を示す。
「どこに行ってしまったんだろうねぇ?」
途方に暮れた時、
「虎之助!」
路地から一人の女が叫んだ。
「母上っ!」
虎之助と呼びかけられた子供は土井の手を離れると一目散に女へと駆け寄っていく。
「どこに行っていたの、心配したのよ!」
「母上ーえぇーん!」
母親のひざへ抱きつくと再び虎之助は泣き出した。
「あなたは?」
母親は土井へ目を向けた。
「迷子になっていたので一緒に探していたんです」
「そうだったんですか!ありがとうございます!」
「いえ、私は何も。お母上に会えてよかったね、虎之助くん」
「うん!」
ありがとうございました、と何度も頭を下げる母親と、さようなら〜、と手を振る子供に何度も振り返っては手を振り返し、忍術学園へと歩き出す。
――あの子にとってべっこう飴はどんな味なのだろう――
土井は自身の手のひらを見つめた。
はるか昔からそうだったので、もう違和感はなくなったが…、
――あの子には体温がないのだろうか…?――
手に残るのは小さな手の感触だけ。
――いや、違う――
首を横に振った。
――私が感じないだけだ…――
人の体温など感じたことがない。
――だから私は…――
開かれた手をゆっくりと握る。
――心が充たされない…?――
夕闇から闇夜に変わる空には丸い月が浮かんでいた。