─原作サイド・その後─

□料理
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(…………)
宮殿の長ぇ廊下を歩いて、ビビに呼ばれた客室に向かう。
ガキの頃もたまにビビに呼ばれて出入りしていた宮殿の中。
この国に刃を向けた俺がこの宮殿に足を踏み入れるのはまだ気持ちに蟠りがある。
それでも、いつまでも過去を気にするなと眉毛を吊り上げて怒ってくるビビに強引に引っ張り込まれていたから、ここに入る事にももう慣れさせられちまった。
「ビビ、入るぞ」
『いいわよ、リーダー。入って?』
呼ばれた客室のドアをノックしながらの呼び掛けに、ドア越しの中から返ってきたビビの返事。
それを聞いて、重々しいわりには力を込めなくても軽く開く扉を開けると、同時に料理のいいにおいが鼻に入ってきた。
「ここに座って、ちょっと待ってて。今持ってくるから」
食堂でもねぇ、普通の客室なのに料理のにおいが充満している事に不思議さを感じながらも、ビビが促した席に腰を下ろす。
俺がテーブルに近付く前から場所を離れたビビは薄いドアで隔てられた隣の部屋へと入っていった。
(ん…。、)
ほんの数分も経たねぇうちに出て来たビビの手には、何故か皿が持たれていて。
「はい、これちょっと食べてみて」
「………」
前に置かれた皿の中には、野菜と肉が入ったスープのような、だが少しスープとは違う料理が入っていた。
「…スープ…か?、これ…」
「これはビーフストロガノフって料理よ。アラバスタじゃ珍しい料理だから、リーダーは食べた事ないんじゃない?」
「ああ…、まぁな…。………」
目の前に皿によそわれて置かれたスープの見た目は、赤みが強い茶色の汁気がアラバスタではよくある家庭料理のスープに似ているが、独特の香辛料のにおいがしねぇ。
けど美味そうなにおいはしていて、そのにおいも俺が生まれて初めて嗅ぐにおいだった。
「さ、食べてみて。うまく出来てるとは思うから」
「ん…ああ…。じゃあ…」
テーブルを挟んだ向かい側に座ったビビに促されて、置かれたスプーンを取り、スープと肉も一緒にスプーンにすくう。
「どう?」
「ん…」
スプーンを口に入れた俺を見ながら訊いてきたビビに、口の中の料理をよく味わう。
「ああ、うめぇな。初めて食った味だが、なかなかいい味だ。…ただアラバスタ料理は香辛料を使うのが普通だからな。香辛料の刺激に舌が慣れてるから、そういう意味じゃこの料理は少し物足りねぇが…」
「ふふっ」
「?。なんだ?」
感想を訊いてきたビビに思ったままを返しながら二口目を食おうとした時、ふい笑ったビビにスプーンを止めた。
「やっぱりリーダーに味見してもらって正解だった」
「?。どういう意味だよ。てか味見ってなんだ…w」
ちゃんと"食事"として完成している料理だと思っていたものが、『味見』の言葉でただ立派な食器に入っている試食品に思えて。
怪訝を含めてビビに訊くと、
「だってパパやイガラム達に感想訊いても"美味しい"だけしか返ってこないと思うもの。でもリーダーならここをこうした方がいいとか普通に言ってくれると思ったし。だからリーダーに味見してもらったの」
「…………」
笑って返してきたビビに、どうして俺がこれを食っているのかが解った。
互いに遠慮なく言いてぇ事が言い合える昔馴染みの間柄だから、俺が味見役に選ばれたんだろう。
「この料理、私が作ったのよ?」
「…。お前が…?。…これを?」
テーブルに両肘をついて、指を組んだその上に顎を乗せたビビ。
その言葉が少し意外だった。
味からして、てっきりテラコッタさんの料理だと思っていた。
だがそう言えばさっきビビが『上手く出来ていると思う』と言っていたのを思い出して。
「うん。しかも初めて一人で作ったのよ?。アラバスタに平和が戻ってから、毎日テラコッタさんに料理を教わってたの」
「料理を?。王女のお前がか?」
王女のこいつが料理をするとは思ってねぇで。
だからさっきの言葉でも、こいつが作った料理だとは思い付かなかった。
だがどうやら本当にこの料理はこいつが作ったものらしく、だからやっぱり王女の立場のこいつが料理をした事に驚いた。
「うん。リーダーには話したでしょ?。私に手を貸してくれた海賊のみんなの事。船に乗ってる間、そのコックのサンジさんが料理を作ってるのを見せてもらってたの。サンジさん、すごく料理を楽しそうに作ってて、それを見ながら"私も料理してみたいなぁ…"って思うようになってたの」
(ああ…それで…)
こいつも女だから、だから料理に興味を持つのは別に不思議な事でもねぇから、そっちじゃ何も思わなかった。
それにこいつの見た目なら、それこそ台所に立っててもおかしくはねぇくらいで。
エプロン姿も様になるだろうし、普通の家の生まれなら、家事全般を事も無げにこなしそうに見えるビビに納得出来る。
「それに、みんながしてた事してたら、みんなと繋がってるって気持ちになるから」
(…………)
顎を乗せていた手をテーブルに下ろして、屈託のねぇ表情をして笑っているビビのその顔は、本当に嬉しそうに、そして幸せそうに見える。
「私、ほんとに船でみんなから色んな事を教わったわ。諦めない心とか、強い心とか、戦い方とか。でもそんな堅い事ばかりじゃない。遊びや普通の生活の中で役に立つ事とか、そんな事も沢山。ルフィさんには釣りの仕方とか、ナミさんにはみかんの世話の仕方とか、ウソップさんには嘘のつき方とか」
「おいちょっと待て…w、なんだその嘘のつき方ってのは…w」
内乱が終わった後でビビから聞かされた、ビビに力を貸し、この国を救った、この国の『英雄』である海賊達の話。
彼らの事を話すビビの表情はいつも輝いていて、今もその顔で話しているビビの話を聞いていた時に来た妙な言葉に気が止まって。
「あ、これは言ってなかった?。ウソップさんはパチンコの名人だけど嘘つきの名人でもあるの。でもウソップさんの嘘は人を元気付けたり、嘘も方便って言うの?、人を騙す為じゃなくて、いい事に使ってたわ。あとは自分を奮い立たせる為とか」
「…ふうん」
"嘘吐き"って不穏な言葉に一瞬そのウソップという男の人格を疑っちまったが、やっぱり英雄の一人だと思える人柄に、気持ちから力が抜けて。
まだ話を続けそうなビビに意識を戻した。
「サンジさんには料理の楽しさ、Mr.ブシドーにはお酒の味、トニーくんには怪我をした時の正しい処置の仕方とか…。特に同性のナミさんには服の着こなし方とか、ナミさんは私より年上だから、色々な事沢山教えてくれて、すごく勉強になった」
目を細めて話すビビ。
懐かしげに嬉しげに。
ビビに手を貸してくれた海賊達の話をする時のビビは、俺がこの一年で見てきた顔とは違った、随分と大人びた表情を浮かべる。
そのビビを見ているだけでも、その海賊達の人柄がどれ程のものかが解る。
"海賊"の名には相応しくねぇ暖かみを感じる、この国の『英雄』。
「みんなと一緒に行きたくなかったって言ったら嘘になるけど、私はこの国が好きだし、国の人達と一緒に生きていたい。だから船を降りた事に後悔はしてない。それにみんなはこれからもちゃんと私の事を仲間と思っててくれるだろうから、離れてはいても私も大きな夢を持つ麦わら海賊団の一人として、みんなは海に出て、私はこのアラバスタで、それぞれの夢を掴みに行くの」
「…夢…?」
「うんっ。ルフィさんの夢は海賊王になる事。Mr.ブシドーは世界最強の剣士に。ナミさんは世界地図を描いて、ウソップさんは勇敢な海の戦士に。トニーくんは世界一のお医者さんになって、サンジさんは世界中の魚が集まる海、"オールブルー"を見る。それがみんなの夢」
「………」
「そして私はこのアラバスタを世界一幸せな国にする。それが私の夢」
「…デケぇな。どれもデカい夢だ」
「当然よ。麦わら海賊団に小さい夢を語るクルーはいないのよ?」
嬉しそうに笑うビビ。
それを見ながら、ビビや彼らのその夢はきっと果たされるだろうと思う。
この国を救った程の力。
その力を思えば、ビビも、そして麦わら海賊団の海賊達も、その夢を果たせると確信出来る。
(夢か…)
俺の夢。
『ユバをすげぇ町にして、この国をもっと潤してやるさ!!』。
ガキの頃に言った、あの頃から変わらねぇ思い。
一国を纏めるビビや、広い海に出ている海賊の彼らの夢に比べりゃあスケールの小せぇ夢かもしれねぇ。
それでも、俺にとってはデカすぎる、まだ途方もねぇ程道のりの長ぇ夢。
ビビは立派な町になっていたと言うが、俺の理想の町にはまだまだ届いてねぇ。
夢を果たすのはまだまだ、もっとずっと先だ。
「ねぇ、リーダー」
「ん…」
「リーダーはまだまだユバをすごい町にするのよね?」
「…。当たり前だ。それが俺の夢だ」
「うん」
俺の答えに、嬉しそうに、ガキの頃のと同じ笑顔が返ってきた。
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