アカネイア/テリウス長編

□2 さよならの日
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2 さよならの日

 あの晩から幾日かが経って、私の誕生日が来た。
本当にお父さんにトラさんをちょうだいって言いたかったけれど、あの真剣な顔を思い出して思いとどまる。
代わりに、私の誕生日はみんなで一緒に祝いたいからみんなはお仕事を休まないといけないの、と優しい女の子を演じてそう言った。
両親は奴隷たちを休ませることにいい顔はしなかったけれど、私が心優しく育ってくれることは大歓迎みたいだし、まだ奴隷のことをよくわかっていないのだろうと甘く見てくれた。そしてその通りになった。

 今はそれで良いけれど、いつかはちゃんとわかってほしいなと諭すように言われた。
元気よく頷いたけど、絶対にわかってやるものかって思ったんだっけ。

その日の奴隷たちの厳しい労働は休みになって、大広間の端っこに座って一緒に祝ってくれることになった。
居心地の悪そうな人もいて、かえってよくなかったかと思ったけどもう手遅れだし…と反省はしたものの後悔はしなかった。
 でも少しして、お祝いも終盤に差し掛かるころ。
お父さんは突然ラグズたちを大広間から出して小屋に戻るように言った。
私は怒りたいのを抑えて、尋ねる。

「なんで? 今日はみんなでお祝いしたいのに」

お父さんは言う。

「家族だけでもお祝いしたいじゃないか。半獣たちに邪魔されずに、ね」
「邪魔なんかされてないもん!
一緒にお祝いしたいっていったの私だもん」

 大声出したせいか、シンと静まってしまう。お父さんもむっとした顔で、ラグズたちに早く出ていけって言う。

「嫌! 誕生日は何でも言うこと聞いてあげるよって言ってくれたのに、お父さん嘘つき!」
「なにを…!」
「あなた、やめてくださいな…」
「お前は黙っておれ!」

お母さんにも乱暴なこと言う! 
反論しようとしたら、くっと腕をひかれた。
すごく小さな力で、あやうく気が付かないくらい。
振り向いたら、ラグズたちを外へ誘導しながらこちらをみるトラさんがいた。

「トラさん…?」
「お嬢様、私たちにはやるべきことがあります。ご一緒できなくて本当に残念に思いますが、どうか行かせてください」
「どうして? どうして「友達」とお誕生日も祝えないの?」
「お嬢様っ」
「友達…!?」

 お父さんは、私を諭していたトラさんの胸を押した。
トラさんは数歩下がる。

「貴様、娘をたぶらかしたな…!」
「そのようなつもりは…私は友達などと、たいそうなものにしていただける身分ではございません。旦那様の奴隷にございます」

そんな言葉、ききたくなかった。トラさんがそんな風にお父さんに媚びる様子を見るのは初めてで、ショックだった。
泣きそうになる私の顔を、トラさんが見る。
すると、トラさんも悲しそうな顔をした。それから長くため息をついた。

「――いいえ、私は…私はお嬢さまの「友達」です。そう、ありたい…」
「トラさっ…」
「ええい! いいおったなこの半獣めが!
おい! 誰かこいつを連れて行って売り飛ばしてしまえ! なるべく過酷な所ヘな!!」
「!!」

たぶんトラさんはわかってたんだ。どっちみち友達疑惑が出た時点で売り飛ばされてしまうことを。
だから、本当のことを最後に言ってくれたんだ。

「嫌!いや行かないで!つれてったら嫌!!」

 本当なら振り払えるはずなのに、生まれついての習慣で、彼はニンゲンには逆らえない。
トラさんは、一瞬こちらを見てにっこり笑うと、連れられて行ってしまった。
いつまでも泣き叫んだ。お母さんにあやされてケーキを出されて、それをぐっちゃぐちゃにしてやった。ナイフもフォークも床にたたきつけて、部屋にこもった。
ご飯も食べないし、何もしない。一歩も出なかった。

 私は悲しかった。無知な自分がやった余計なことで、トラさんがどこか遠くへ売りとばされてしまったこと。
殺されはしなかったけれど、死ぬよりもつらいところだったらと思うと、どうしていいかわからない。

 部屋にこもって数日、私は限界だった。いい加減扉を開けて、ご飯を食べないと倒れてしまいそうで。
そのとき、窓の外をコンコンと何かがたたいた。見ると、屋敷にいる鳥翼のラグズで、すぐに窓をあけた。夜だったから、きっとほとんど何も見えない状態だったろう。
もし見つかれば、殺されていたかもしれない。でもそのラグズは、私に木の実を届けてくれた。それから言った。

「どうか今はお気持ちを確かに持って、生きてください。
あいつは生きたまま売られていきました。きっといつか、再会できると信じて生きてください。
あなたが死んでしまわれたら、あいつは悲しみます。
俺たちのことはいいんです、これが運命だから。
それよりあなたは自分の可能性に気が付いてください。幸いにもお身分は高い。
あなたが、この制度の残る貴族社会を変える力を持つことができるかもしれない。だから、生きて」

 それだけ言って、ラグズは消えた。 
 この日私は決めたんだ。
いつか、必ず奴隷になったラグズたちを開放してみせると。
それが、たとえ再開できなくても、どこかで辛い労働をするトラさんの救いになればいいと思って。

翌日からは人が変わったように貴族らしく振舞って、勉学に没頭した。




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