アカネイア/テリウス長編

□7 守る者
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 牢獄を抜けた私たちは馬にまたがりジェイガン殿の言っていた砦までやってきた。

そこに人はいなかったけれどかわりに王子の服が隠すようにおいてあった。

「…カイン、あなたは見張りね」

「こんなときに見るわけないだろう!」

「ならいいけれど」

カインが後ろを向いているし、恥じている場合でもないので私は大胆に全部脱いで着替えた。

よかった、サイズもだいたい同じくらい。

それに髪もちょうど切ったばかりで都合が良い。

「カイン。私のマントを貸したげる。

裂いちゃってかっこうわるいけど、無いよりはいいから」

「ああ…うつむいていると、本当にマルス王子みたいだ」

「それを聞いて安心ね。これならば至近距離でも分からないかな」

「至近距離は思わしくない事態だがな」

私たちは、おとりになるとは思えないほど冷静に会話を交わして、馬にまたがっていた。

でも、いくら冷静とはいえ心臓はうるさいみたい。

「じゃ、あっちに姿を見せつつ森に逃げ込んでいる風を装うよ!ついてきてね」

「ああ!行こう!」

マルス様、今頃私たちが居ないことに気が付いたかな?

今頃扉が開いていればいいけれど…。

「ねぇ、そういえばね。

あなたが遠征に行っているときにフレイ殿と話していて、気になったことがあるの。

今聞いても良いかな」

「ああ、まぁ平常心を保つのにはもってこいだ」

「アベルが、私のことを妹だと思っているってフレイ殿が話してくれたの。

それでカインは私をなんだと思っているのかって聞いたら、なんか急に黙っちゃってそれから気になって。

私は妹なのか、姉なのかって」

笑いながらカインを見たら、彼もまたフレイ殿のように黙ったままになってしまった。

なんでだろ。カイン自身の話なのに。

「……それ、他の選択肢はないのか」

「妹と姉以外って事?え、まさかお母さん!?」

「馬鹿!そんなわけあるか!」

「だ、だよねー、ちょっとビビった」

いくら何でもお母さんは悲しいよ。

「あのな」

「うん」

「今がどう見えているかは、俺にもわかんねぇけど俺の願望としては」

「うん」

「将来家族になる女だったらいいと…思っている」

「…うん?」

将来家族になる女…?え、養子!?

そ、そんなわけないよね。

じゃあ…お、奥さん?

い、いやいやいや待ってそれはない、それもそれで――どうなんだろう、私の願望は…

「お前、意味分かったか?」

「わかりにくいのでいつものように単調な言葉で説明していただきたい」

「お前なぁ…俺は――やっぱやめだ!」

「え!?」

「この話は生きて帰ったときにしよう!

今言っちまったらヘンに満足しちまいそうで嫌だ!

いいか、お前も答えが知りたきゃ死ぬんじゃねぇぞ!」

「わ、わかんないけど、わかった!あ、見えた!」

おちつきかけていた胸で再び太鼓の音が鳴り出した。

向こうも気が付いたようだ。

ここまで来ればあとは逃げて逃げて逃げまくるだけだ。

「王子!私は地の果てまでお供いたしますぞ!」

「ああ、任せたカイン」

私たちはわざとらしくそう言った。

機動力で言えば私たちの方が上だろうけれど、行動範囲が狭い分じりじりと囲まれていくのが分かった。

森に入りきってしまえば馬は走りにくくなるし、でもあまり遠くへ行くわけにもいかない。

どこにグラの兵がいるか分からないからだ。

今できることは狼煙が上がるまで敵をこちらに引き留めること。

その後隙をついて逃げることだ。

「――王子、ついに…囲まれてしまいましたぞ」

「ああ…どうやらそのようだ…」

とうとう、囲まれてしまった。

敵大将ジオルはアーマーナイトどころかジェネラルで、私の策は通じないかもしれないと思った。

けど、やるしかないな――

「馬を下りろ、マルス王子とその側近」

私は、なるべく渋る風を見せつつ馬をおりた。

カインも同様におりて側近のように斜め後ろに立つ。

「僕を殺す気か」

「そうとも!どんな死が好みだ?死に方くらいは選ばせてやろうか」

「……ならば、槍で一突き」

カインが前に出ようとするのを後ろ手で止めた。

ジオルは笑いながら自慢の槍を突き出した。それは輝いていて、とても恐ろしいけれど私は目を離さない。

「カイン…後へ」

「っしかし――」

「カイン!」

「っ…はい」

少しの間をおいて、ジオルが槍を突いた。

「死ねぇえ!アリティアの残党が!」

「――っ」

私はその強烈な一撃を、なんとか避けた。

少しかすったかもしれないが、それどころじゃあない。

避けてくるとは思わなかったようで、目を大きく見開いてジオルが私を見ていた。

私はそこから目を離さずに腰帯に挟んだ魔道書に手を伸ばした。

「貴様――」

「ファイアー!!」

避けたままもう一歩近づき放った魔法は、ジオルに直撃した。

ジェネラルは魔防を備えているようだがそれでも欠点は欠点だ。

この至近距離ではそこそこきいたはず。

ジオルが叫びを上げながらもう一振りした槍は私に直撃したが、私はもう一度ファイアーを唱えた。

ジオルが倒れたのが分かったが、また私も力尽きたのが分かった。

誰かが私を引きずって行く。

「レティっ、レティ!」

「かい…んっ…」

「行くぞ!」

片手で抱き上げられすごい早さで馬上に引き上げられた。

どうやら私は前に乗っていて、その後にカインが乗り私の傷口を押さえているみたいだ。

馬はすぐに走り出した。

うしろでジオルが倒れたことに戸惑う声が聞こえてくるがあの男が私なんかの魔法で死ぬわけがない。

意識を取り戻したジオルの怒鳴り声が聞こえた。

「ああ、見ろレティ!狼煙が上がったぞ!もう一踏ん張りっ――」

励ますようなカインの声は、途中で途切れた。

かわりに、乾いたせき聞こえた。

「かい、ん?」

「ふっ…くっ…なんでもない、お前は俺が守る。必ず…」

どうなっているのかフラフラの意識では確認できなかった。

だんだん目の前が真っ白になって、何も見えなくなった。

背中のぬくもりだけは、いつまでも私を包んでいた。





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