アカネイア&覚醒&if短編

□下
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「言っておくが、俺はお前が捕虜だったことくらいとっくに知ってんだからな」

ウェーゼルは、羽ペンの動きを止めた。
背中が冷たい。
自分が捕虜だったことは、秘密のはずだ。
ウェーゼルがみんなから信頼されるまでは内緒にしておこうとカムイが言ったからだ。

「……っは、そんなに固くなるなよ。
別にお前に敵意がないのは俺もわかってるからな。
ただ一つ気に食わねぇことがある。
お前が本当にカムイ様の役に立つ気があるなら、お前が今やるべきなのはこんなことなのかってことだ」
「…ジョーカー殿」
「カムイ様がどうしてもって言うから仕事の引継ぎなんてしてるが、俺はどれだけ忙しくなろうが執事を続けるつもりだ。
むしろそっちが本業だからな。
だがお前は違うだろう?お前の本業は兵士だ」

ウェーゼルは、ペンを置いて顔をしかめた。


**


「ウェーゼルさん、お願いがあります。
会ってほしい人がいるんです」

昼過ぎである。
結局ジョーカーの一言に気を取られて集中の途切れたウェーゼルは、彼本人から部屋を追い出された。
やる気がねぇなら出てけとのことだ。彼なりに気を使ったのだとわかり、ウェーゼルは食堂で物思いにふけっていたところ、問題のカムイが現れた。
彼女はウェーゼルの手を引いて牢屋へ向かっていった。

「牢屋か?」
「はい。あなたの知り合いだって言う人がいるんですけど、本人かわからないから確かめないとって思って」

さて、誰かいただろうか。
ウェーゼルは顔をしかめる
。かつての仲間に暗夜に仕えているとばれてしまうのは少し心苦しい気もするが…。
牢屋に着くと、まず奥から落ち着いた声が聞こえてきた。

「ほら、落ち着きなさい。そういう約束でしょうが」
「シロさん…でっでもオレじっとしてらんないんっす」

そして次に聞こえてきた声に、ウェーゼルは激しく聞き覚えがあった。

「……この声は、テオドリヒだな」
「やはり知り合いなのですね」
「ええ…。」
「私はここで待ってますから」

カムイはウェーゼルの腕を放した。
だがウェーゼルは首を横に振った。

「いえ、一緒に来てください」
「…わかりました」

ウェーゼルは、後ろめたい気持ちはぬぐえないが、今の主君が彼女であることを隠したくはなかった。
カムイを先頭に牢屋の奥に進むと、尻尾を振った犬のようにテオドリヒが立ち上がった。

「テオドリヒさん、連れてきましたよ」

カムイは言い、端によける。
テオドリヒの瞳に、ブレイブヒーローの姿が映った。彼はその瞬間、よろけて牢屋の壁に背を預けた。

「ウェーゼル…さん…!!」
「ああ、テオドリヒ。お前も捕まったのか。
まぁ、お前程度の力で当然――!?」

ウェーゼルは言葉を切った。
どうしたのだろうとカムイがテオドリヒを見れば、彼はさっきまでの威勢はどこへやら、子供のようにポロポロ涙を流していた。
さすがのウェーゼルも驚いた様子だ。

「おい、テオ…」
「うぇぇ、お、オレ…もう二度と師匠に会えないと思ってぇ…メッチャ心細かったし、お隣のシロさんは冷静すぎたし、オレ、オレばっか焦ってるかと思って、てかてか!
師匠がもう、死んじまったんじゃないかと不安で…」

「私が悪かったのか」
「いや、シロ?殿。どう考えても冷静であったあなたは悪くない」
「いや、サムシロだ」
「…サムシロ殿」

ウェーゼルとサムシロが微妙なやり取りをしている間も、テオドリヒはぐすぐすないていた。ウェーゼルはため息をついてみせる。
「と、いうかだな。
いい加減自称弟子は辞めたらどうだ。
俺に師匠になるような器量はないといっているだろうが。
現に俺は捕まったのだぞ。それに、俺はもはや白夜の兵士ではない。
暗夜に使える…兵士だ」
ところがテオドリヒはウェーゼルの大事な告白をまったく聞いていない様子だった。
むしろサムシロのほうがそれを聞いてカムイと彼を交互に見ていたくらいである。

「おい、テオドリヒ」
「あ、聞いてます、はい」
「貴様…」
「でもいいんす!ウェーゼルさん前から主君はまだいないって言ってたから、それが見つかったってことっすよね!
 だってあなたは意味もなく屈したりしないから、だから納得して暗夜兵になったんすよね!オレメッチャわかってますから!」
「…なら良いが」
「で、だれなんすか?」

テオドリヒはすでに涙もとまり、わくわくした顔で師匠を見上げた。
ウェーゼルはため息をつき、端によける。カムイはものすごく遠慮気味に、ウェーゼルの隣に立った。

「このお方…暗夜王国第二王女、カムイだ」
「あの…私…です」
「え…えぇぇええ!あんた!
あ、いやあなた様でござったんですか!え、な、なんか数々のご無礼申し訳ございませんマジございませんんん!!」
「貴様…カムイ様に無礼を申し上げたのか…」
「だって、知らなかったんすもん!カムイ様も早く言ってくださればよかったのに、です」
「ふふ、いいですよ話しやすいようにして下さって。敬語が苦手みたいですから、ウェーゼルさんに話すのと同じでかまいません」
「マジすか!ウェーゼルさん良い主君もちましたね!さすがっす!」
「単純野郎めが…」

テオドリヒはなぜか照れくさそうにヘヘっと笑い、立ち上がった。

「んじゃ、カムイ様、お願いがあります」
「はい?」
「オレを説得してもらえますか?
オレよくわかんないけど、捕虜って説得されるか報酬もらうことで雇われることになるんでしょ?
オレ師匠に教わりたいことあるし、カムイ様におつかえすんのも面白いと思うし。
ウェーゼルさんが裏切らないなら、オレも裏切らないから安心っすよ!」

ここにジョーカーや兄弟たちがいれば、こんな一言信じられんと言うだろうか。
けれどカムイは人を疑うのが得意ではないし、ウェーゼルのことも信頼している。
だから、躊躇なく告げた。

「テオドリヒさん、暗夜軍の兵士になってください。
さもなくばウェーゼルさんに二度と会わせませんよっ」
「うっす! オレ、必ず役に立つっす!
 白夜相手にも躊躇せずに剣を振れます。」
「え?でもそれは…」
「オレ、家族はいないんです。
オレを引き取った親戚のやつらは好きじゃないし、自分の部隊にも思い入れないし、ぜんぜん大丈夫です」
「そうですか。つらくなったら言ってください。でも、あなたがやってくださるなら、お願いします」

それからカムイは、隣の上忍にも目を向けた。

「サムシロさんもどうですか?
私の知っている白夜の忍は、おそらく捕虜になるくらいなら自爆するような方ですが、あなたは違うようです。
差し支えなければ、協力してもらえませんか?ウェーゼルさん一人でテオドリヒさんを見るのは骨が折れると思うし」
「え、ちゃっかりひどいこといってません!?」

サムシロはカムイを見上げ、騒ぎ立てるテオドリヒと静かに見守るウェーゼルを見た。
それからたいして時間を空けずに立ち上がった。

「私は、忍の家に生まれました。
母は戦死し、父とはあまり親しくありませんでした。
あなたがおっしゃっている白夜の忍がどなたか検討がつきます。
たしかに、私は自爆するほどの度胸などありません。
ただ忍ぼうと、周りとのかかわりを捨ててきましたから。
今は何の未練もないですよ。ここ数日ずっとそれを考えていました」
「では…」
「はい、もとより説得には応じるつもりでしたので。
裏切らない保障はありませんが、あなたが良きお方であると分かれば、私はあなたのために戦うでしょう」
「そう思ってもらえるよう、努力します」

カムイは二人を牢獄から出し、仲間になったという証明の書類を書き、署名させた。
ウェーゼルがジョーカーから仕込まれた手つきでそれらを受け取り、確認する。

「はい、よろしいでしょう。これで証明されました」
「ありがとうございます。
部屋はウェーゼルさんが割り当てられている大部屋でかまいませんか」
「かまいません」

ウェーゼルは書き終えた書類を、テオドリヒとサムシロに渡した。
二人はそれを受け取り、カムイに頭をたれた。

「ふふ、よかったです。
ではさっそく行きましょうか。
それから、そうだ。お二人も温泉に案内しなくては。すすまみれですもの」
「え、温泉すか!白夜みたいなものがあるんですね…オレ気分上がってきました」
「それはよかったです」

カムイの後ろをテオドリヒが犬のようについていく。
その後ろをサムシロが。
ウェーゼルはその光景を立ち止まって、複雑な心境で眺めていた。
カムイが振り向く。

「あれ?ウェーゼルさん、置いていきますよ〜」
「ええ、今行きます」


**


テオドリヒとサムシロを大部屋に案内し、新しい着替えを渡すと、一度部屋を出たウェーゼルが戻ってきた。
カムイは部屋の入り口を見て、それでは温泉お願いします、と口を開きかける。
後ろから入ってきた人物を見るまでは。

「あれ、ハロルドさん?」
「やぁカムイ様!ウェーゼル君に新しい仲間を温泉に案内してほしいと頼まれ、参上した!」

なぜハロルドを、とウェーゼルを見れば、彼は渋い顔をしていた。
なにかわけがありそうである。

「サムシロさん、テオドリヒさん。彼はハロルドさんです。
ウェーゼルさんはちょっとお仕事があるので、彼に案内してもらってください」
「げっ、あの時転んでたブレイブヒーローだ!」
「テオ、おやめなさい。彼は私たちの上司に当たるのですよ。
ハロルド殿、お願いします」
「はーっはっはっは!カムイ様はやはり説得がお上手だ!さぁ!
二人とも私についてきたまえ!」

若干不安そうな顔で、テオドリヒとサムシロはハロルドに続いて部屋を出て行った。
少しの間部屋を静寂が包んだ。ウェーゼルはそっと視線を向ける。

「ウェーゼルさん、なにかあったんですか?」
「…話が」
「分かりました。場所変えませんか。誰か来るかもしれないですから」

そうして二人は建物を出て、マイルームの近くの畑の前までやってきた。
ウェーゼルはやはり悩むような渋い顔をしている。
カムイはどうかしたのかと立ち止まり彼を覗き込んだ。

「…まず、テオドリヒの件、礼を言います」
「いえ、彼の明るさはきっと軍のためになります。サムシロさんの冷静さも」
「テオドリヒが、暗夜のために剣を振ると言ったのを聞いて、一つ悩みができたのだが」
「え?もしかして心配なんですか」
「それはいいのです。ただ、俺の弟子を公言するテオドリヒが剣を振るのに、俺が執事なのは情けないと思った」

ウェーゼルはちらりと、牢屋を見てから言った。

「ジョーカー殿に、お前の本職は執事じゃないだろうと言われてから、考えていた。俺も許されるなら、あなたと戦いたいと。
俺はあなたのごきょうだいに比べれば微力だが、あなたの盾にはなれる。
そして今日テオドリヒがここで剣を振るうことになって、決心がついた。
あなたの気遣いを無下にするようなことだから悩んでいたが、やはり俺の本職は戦うことだ」
「ウェーゼルさん…」

カムイは驚いたようにブレイブヒーローの名を呼び、そして微笑んだ。

「ふふっ」
「?」
「ウェーゼルさんの気持ち、うれしいです。そうですね、薄々感じていましたし。ジョーカーさんの納得いかなそうな顔」
「…」
「でも一つ、訂正しますね」

頭にクエスチョンマークを浮かべて、ウェーゼルはカムイを見る。
きっと、純粋な人なのだろう。
カムイはウェーゼルのまっすぐな目が好きだ。はじめてみたときから、ぶれない眼光は相変わらずである。

「あなたが私の盾になろうとしたら、それよりはやく私があなたの盾になりますから」
「…意味がない」
「ふふっ、だから捨て身はやめてください。
捕虜出だったとしても、あなたは今、私にとって大切な仲間ですから」

ウェーゼルは少しだけ目を見開いた。
その青い目に映るカムイは、なんの邪気もなく純粋な笑顔を浮かべている。
ウェーゼルは、まるで彼女の臣下でもあるかのように、膝をついてその手をとった。

「分かりました。もったいない言葉だ。
私は、仲間としてあなたに尽くします」
「はい。よろしくお願いします、ウェーゼルさん」

温泉に行かずこっそり尾行していたテオドリヒがこのやり取りを見て感動泣きしていたことを、二人は知らない


えんd

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