アカネイア&覚醒&if短編
□捕虜と信頼を深めるお話上
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*捕虜と信頼を築くお話、の続編というか、後日談というか。
「ウェーゼルさん」
書庫を覗き、カムイはこそっと呼びかけた。本に真剣なまなざしを向けていたブレイブヒーローは顔を上げた。
「カムイ…様…」
「あの、お茶にしませんか、つかれたでしょう?」
「いえ、私は…」
「むしろあの、付き合ってもらえるとありがたいと言いますか…ジョーカーさんがお茶を入れて、すぐ用事で出てしまったんです。
一人じゃ寂しいじゃないですか」
そう言えば、彼は納得したように本を閉じた。ブレイブヒーローのウェーゼルはつい一ヶ月前までは白夜王国に使えていた男である。
それが先の闘いで捕虜となり、カムイの説得により暗夜に使えることになったのはまだ最近のことだ。
ウェーゼルは今、マイキャッスルを取り仕切る執事になるため勉強中だ。
今は書物を持ってして暗夜のことを学んでいるものの、普段はジョーカーの時間が空き次第仕事の引継ぎを請けている。
だが、カムイには決して明かせないが、ウェーゼルにとってジョーカーは厄介な男だ。
ウェーゼルが一般兵士並みの力しかないからこそ、こうして教えを施してはくれるが、彼は内心ウェーゼルをよく思っていない。
そんなことは誰の目から見ても明らかだ。
(カムイが覗きにくるとジョーカーの態度がいっぺんするのはいつものこと)
ウェーゼルはジョーカーの忠誠心を見習いたいと思いながらも、はやり火の粉を飛ばされるのにはうんざりしている。
だがこうして、カムイが理由をつけてお茶に誘ってくれることは大きな支えとなった。誘おうと思えばほかに誰でも居るのに、ただの捕虜だった自分を気にかけてくれる彼女を見ていると本当に良い主君に出会えたと思う。
白夜に使えていたころ、いつも弟子面で自分を追いかけてきた男が居た。
そいつにこのことを伝えたら、きっと腰を抜かすだろうなとウェーゼルは思った。
ウェーゼルは皆の期待に沿っただけで、主君を持った覚えはないといつも口にしていたから。
「ウェーゼルさん、どうかしたんですか?」
「?」
「少し笑ってたから…」
「ああ、いや。白夜に居たとき、俺の後ろをついてきた犬みたいなヤツが居たことを思い出していた」
ウェーゼルがそう告げると、カムイは少し顔をゆがめた
。それから「そうですか」と相槌を打ってから、話題を変えるように言った。
「あの、ウェーゼルさんの読んでいた本は何ですか?」
気を使わせてしまったか、とウェーゼルは顔を引き締めた。
どうにもウェーゼルは不器用な男なのである。
青い目がカムイに向けられ、本が押し出された。
開くと、暗夜の生活が書かれていた。
「俺の母は、貧困に苦しみ俺を生む前に白夜に逃げ出した。
だから俺は名前も姿も暗夜人だが、暗夜の暮らしを知らぬ」
「そうだったんですね…それで…」
「白夜にいる暗夜人のたいていがそうだ」
実は少し前から気になってはいたのだ。
白夜軍に暗夜兵と似ている人たちが居ることを。
カムイはそんな経緯があったことをはじめて知ったし、ウェーゼルが自分の出身について簡単にだが話してくれたことがうれしかった。
「お茶、誘ってくれてありがとうございます」
「あ、いいえ!わたしも勉強中にすみませんでした! 何かあれが言ってくださいね」
「…もう無理な捕虜説得はならさないように」
「あ、あれはウェーゼルさんが無理したからですっ、もうしませんよ」
では、と手を振って、カムイは書庫を後にした。
無理な説得をする気はもうないが、その日のカムイは牢屋番だった。
ウェーゼルと打ち解けてきたような気がして、少しいい気分で牢屋に向かう。
自分の前の牢屋番は例のごとくハロルドだったようで、彼はいすに腰掛けて渋い顔をしていた。
「ハロルドさん、お疲れ様です、交代ですよ」
「ああ、カムイ様! 助かりました!」
「え?」
「あのマーシナリーが元気すぎて、手に負えないのです」
「はぁ…あの、休んでてください、お疲れ様です」
ハロルドはそうとう疲れたのだろう、一度盛大に転んでから去っていった。
その転んだハロルドを見て、声を荒げた捕虜が居た。
「おい! お前ブレイブヒーローのくせに転ぶな!
おい待て!待てってばオレの話をきけよー!ちくしょーっ!」
これは…牢屋中に声が響き、カムイは思わず耳をふさいだ。
その隣の牢屋でおとなしくしていた上忍も同じく耳をふさぐ。
ほかの捕虜たちもいやそうに顔をしかめた。
カムイは哀れな上忍に心の中で謝りながらマーシナリーに歩み寄った。
マーシナリーの目がカムイに向く。
「今度は誰だよこのやろぉ!」
「あなたこそ誰ですかこのやろぉ。
皆さん迷惑してますよ」
「知るか! オレはテオドリヒだ!覚えておけ!」
マーシナリーは頭の装備を外し床にたたきつけると、荒々しくその場に胡坐をかいた。
そしてぼさぼさの髪を両手で後ろに撫で付けた。
くせっけがうっとうしいようだ。
彼もウェーゼルのようにブロンドの髪に白い肌と青い目を持つ、所謂一般的な暗夜人の姿をしている。
おそらく先刻聞いたように、彼も同じ境遇なのだろう。
しかし…
「あなたはウェーゼルさんとは大違いですね」
あの、カムイが手で押すまで直立不動だったブレイブヒーローとは大違いだ。
おかしくなってついそういうと、テオドリヒは目を見開いた。
「なぁ、おいあんた!ウェーゼルさんを知ってるのか!」
「え? まぁ、よくある名前ですからなんともいえませんが…」
「ブレイブヒーローなんだ、金髪で青い目の」
「あなたもそうですが、それは良くある容姿ですよ」
テオドリヒは立ち上がって鉄格子に額をこすりつけるようにカムイに近づいた。
「なぁ、まじめに答えてくれよ!
オレの師匠なんだ…先の戦いで、オレをかばって…」
カムイははっとした。
そういえば、ウェーゼルが言っていたではないか。
白夜に居たころ、犬みたいなマーシナリーが居た話を。
「シロさん!シロさん絶対そうっすよ!」
「おちつかんか、テオ。
私はウェーゼル殿をお前の話でしか知らぬのだ。
それにお前は今捕虜の身、もう少しましな交渉をしたらどうだ」
「オレ交渉なんてできねぇよぉ!」
テオドリヒは隣の牢屋にいる上忍に興奮したように呼びかけた。
なるほど、うるさいだけでなくコミュニケーション能力にも優れているようだ。
「はぁ…。暗夜のお方、私は白夜に使えたサムシロと言う者。捕虜の身であることを承知の上、どうかこのテオドリヒの話に応じていただけまいか」
黒髪を後ろに撫で付けている上忍は、年齢的にはウェーゼルより少し年上に見える。
その黒い瞳に悪意はなく、テオドリヒにあきれているようだった。
「テオドリヒさん、あなたがおとなしくなさってくださればウェーゼルさんを連れてきますから、ほかに迷惑かけないでくださいね」
「本当か! あんたいいやつだな!
シロさんもさすがオレが見込んだ男っす!」
「お前に見込まれてもなぁ…」
テオドリヒは興奮のあまり、やはりうるさかった。
続く