テリウス短編

□あの日の約束
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※「もし、生まれ変わったら」続編


 この会社に勤めるようになって、三年目。そつなくこなし、時々ミスもあったりするけれどなんとか拭い、先輩とも後輩とも当たり障りなく過ごしてきた。

 でも、ジェルド部長に「俺の課にこい」って言われてからはまだ半年で、しかもこの半年何故か私はすごく必死だった。
部長はハーフだそうで、外人の名前だし顔も整っているから前からかっこいいなーって存在くらいは知っていたけれど、俺の課に来いなんて拒否権のない言い方する、ひどい上司だった。

でも私は下についた瞬間なんだか必死だった。
 前の上司にはあんまりやらなかったんだけどお茶もよく入れるようになった。
初めて入れたとき、私は部長の分しか入れなかったんだけど、部長は「今度から自分の分も用意しろ」って言ってくれて、それから休憩時にお茶をする習慣が付いた。
時々部長がお茶菓子持ってきてくれるの、なんか好き。
あと部長の右腕とか言われてる、これもまたハーフのアルダーさんがたまに一緒だけど、二人のやり取りは楽しくてやっぱり好き。

 それにしても、どうして私はこんなにも必死に部長についていこうとするのだろう。
今まで仕事にせよ人間関係にせよ最低限のこと、決められたことしかしてこなかったのに。企画に少しでも納得いかなかったら残業してでも直すし、たまにお昼ご飯も食べ忘れる。

 まぁ、いままでそういうことをしてこなかった私が、半年もそんな生活していたら体調も崩すわけで、むしろよく半年ももったなぁって思う。
とうとう風邪をひいてしまった。
 声もろくに出ないけど、会社には行けないとわかった時点で部長に電話を掛ける。
もう車運転してるかな。
ダメだったらほかの人にかけようと思うけど、私は新しい課で番号を知っている同僚なんてほとんどいないと気が付いた。
さみしい子みたいだけど、メールの「会社」のフォルダの一番上に部長の名前があるから、別にそれでいっかって気持ちになる。風邪のせいか思考が読めない。
そんな風にぐるぐる考えていたら、3コール目でつながった。

<……>
「……あれ?」
<俺だが>
「あ、はい。おはようございます」
<俺の携帯にかけてきたのはあんただろうが。それより声>
「風邪ひきました」
<なに!?>

電話の向こうで何かが落ちる音がする。
そんなにびびらなくてもいいのに。
それとも何か大事な仕事が入ったとか…?

「あの、すみません。会社いけないです。
でももし行かないとヤバいなら行きます」
<いや…分かった、休め。
無理に来られても邪魔だ>
「ひどいです」
<事実だ。茶がないのは残念だがな>
「ただのお茶係っすか私…いいですもう、部長なんかっ――ゴホッゲホッ、おえぇ…」
<っはは! 俺にたてつくからだ>
「最低…」

ちょっとはいたわってよぉう。

<まぁいい。さっさと元気になれよ>
「!」

ブツッ。

 電話は切れてしまった。切れたけど、なんかホカホカする。ちょっと悔しいけど、気分良いうちにねちゃえ。
 よろよろしながら一応朝ご飯らしきものを食べて、水筒に麦茶を入れてベッドの横に置く。スポドリを買いに行く元気もないし、一応着替えてみた会社の制服からジャージになる気力もなく眠りについた。


 私は夢を見ていた。
神様みたいに上から全部を見下ろす夢。
そこは、戦場。
鉄砲とか戦車はなくて、馬や剣ばっかり。古い時代のものなのかな。
でも魔法とか、獣に変身する人もいて、違う世界観だった。
戦の場面が終わって、どこだろう、城?砦?そんなところの一室に、私がいた。
変なの、夢の中でも部長は私の上司らしい。

「上司の命令は全て」
「すみやかに、確実に遂行」
「わかっているではないか」
「…わかりましたよ」
「ちゃんとお前が入れるのだぞ」
「はーい」

面倒くさそうにお茶を入れる私と、デスクに視線を戻す部長。今の私たちと同じ。
違うとすれば、私が戦があるらしい世界なのに妙にだらーっとしている所。
あれはまるで半年前の私だ。日常に甘える自分の姿だった。
 また場面が変わって、今度は暗闇の中で走っていた。必死で、何かを追いかけて。
次の瞬間、紫色が見えた気がしたんだけど、それを確認する間もなく私は倒れていた。
闇に紛れながら月光に鋭く光るのは鎧。
舞うのは赤い血。
倒れた私を受け止めたのは、ジェルド部長。部長は何か必死に叫んでいる。
聞こえないけど、たぶん馬鹿者、とか言ってるんだろうな。
それを聞いた虫の息の私は、びっくりするくらい嬉しそうに笑っていた。自分があんな顔できるなんて、知らなかった。

 バカだなぁ私は、そんな顔をできるくらい部長が好きなら、もっといつも頑張ればよかったのに。
今度はもっといい部下になればよかったのに。部長に苦労かけないし、部長の役にたつし、部長を悲しい顔にさせたりなんかしない。
 でもあれ、これって今の私じゃない。
私、いつも頑張ってた。部長の為に頑張ってた。それは、このときひどく後悔したからなの?

 誰も問いには答えてくれないけど、視界からすべてが消えた。



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