IF長編

□8 正義の名の下に!
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しばらく放心していたハロルドは、そっと瞳を閉じて私の肩に顔を伏せた。
気を失っているようにも、眠っているようにも見える。
私は待った。
やがてハロルドはそっと顔を上げた。
えらく真剣で、でもすべてに納得したような顔で。

「ずっと忘れられていたと思っていたのだが、どうやら忘れていたのは私も同じだったようだ」
「ハロルド」
「ああ、すべてを話そう。やっとすべてに合致がいった」

ハロルドは寝起きでぼさぼさの髪をかき上げた。

「ハロルド、私は自分の世界を捨てて、別の世界に現実逃避していた。
でも、あなたはそんな人じゃない。なら、なんでここに?」
「簡単なことさ。まいってしまった君を救うためにここに来たのだ!」
「来たって、簡単なことじゃないよね?」
「もちろん、正義の名の下にさ!」
「……」
「うぅん、すまない。いまは種明かしができないのだよ。
しかし、私は君とあの約束を交わしたことで、死後に今までの君に会うことができた。
なんどもあの世界を救おうと繰り返してきた君は、あまりにぼろぼろだった。
だから君が現実逃避したここへ来たのだ。
幸いにもこの世界は私を受け入れた。だから私はこの世界の人間に溶け込んだ。
自分の記憶もろとも、ね」
「だからハロルドは元の世界のことを忘れて、こっちの世界の住人だと思っていた。私以外の人間も、ハロルドを受け入れたってこと?」
「そうだ。この世界の本当の住人ではない君には通じなかったようだがね」

むちゃくちゃな話だけど、私はこの事実を受け止めなくちゃいけない。
今ならわかる、向こうの世界に残してきた仲間たちのこと。私は、戻らなくちゃいけない。

「この世界から戻れば、きっとユズたちは私のことを忘れると思う。
ハロルド、私は必ず兄さんたちのところへ戻る。でも、少し準備させてほしい」
「もちろん、私は先に戻るから、君は納得がいったらくるといい」
「待っててくれないの?」
「私は、すべてを思い出したら戻ることになっているのだよ」

言葉通り、ハロルドの手は透けていた。
あまりに突然の事態に、涙がぽろぽろ出てきてしまう。
だって最後の私は飛び降りたのだ。
戻ったところではじめからやり直しかもしれない。ハロルドと無事に出会えるかもわからないのに。

「泣かないでほしい」

ハロルドが立ち上がる。

「いっ…」
「え?」
「ああ、ボールペンを踏んでしまった。地味に痛いな…」
「…ふふふっ」
「カムイ?」

ううん、きっとまたであるよね。
だって約束だから。

「ハロルド、正義の名の下に、また再会しよう」
「もちろんさ! 私は向こうで待っているよ!」

ボールペンの不運からすぐに立ち直ったハロルドは、私の肩に手を置いた。

「さぁ、目を閉じてくれたまえ…」

そっと、唇が重なった。
目を開くと、そこにはFEのカセットが無造作に置かれているだけで、ハロルドは居なかった。


***


「おはよーカムイ。
どぉよ、サイゾウさんとの結婚生活楽しんでる?」

翌朝、学校に行くとユズは当たり前のようにそう言ってきた。
ハロルドが消えて、代わりにFEがこの世界に戻ってきたからだ。

「やめてよー、そんな風に言うとサイゾウ先輩がびびっちゃうよ」
「大丈夫だよ先輩ここにはいないし」

間接的にだけど、私はこれからの道をユズに言っておこうと思う。
たとえユズが私を忘れたって、私たちが友達だったことは事実なのだから。

「ユズ、私明日から第三ルート始めるけど、そのときはハロルドと結婚して世界を救おうと思うんだ」
「え、ハロルド!?顎ジャン!」
「ふふっ、顎なんだけどね、ハロルドと結婚したら、カムイは一番幸せになれると思うんだ」
「わからなくもないけど…」
「うん」
「まぁ、クリアしたら攻略について語り合おうね」
「おうよ!」

この世界に未練がないわけじゃない。
だけど、今は一度捨てようとした世界へ戻って、新しい道を切り開いてみたいんだ。
みんなを、幸せにするために。



続く

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