小説

IF.F
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崩壊直後の艇の一室にて



不意に目を覚ませば見知らぬ灰色の天井が映った。
ゆっくりと幾度かの瞬きを繰り返した後に改めて瞳を閉じる。

アクシスピラーを下った先の根源区画で何があったかもはっきり覚えている。
致命的なものを喰らったはずだが・・・結果的に俺は死ななかったのか。

視覚を遮断して耳をすませば何かの駆動音が絶えず響いており、
合間に、そして不定期に、穏やかな寝息が聞こえた。


「・・・」


瞼を持ち上げて頭を傾け、寝息をする方へと視線を向ければ、
やはり、というべきか、オレンジ色の長い髪が視界に入った。

度々寝落ちる姿を目撃しているせいかその呼吸音は妙に聞き慣れていた。

ベッドの上に乗せた、組んだ腕を枕にするように、
床に直に座り眠っているらしいフィアナの姿。

周辺には手当に使ったのだろう包帯やタオルが出しっぱなしだった。

・・・ここがどこなのか、それまでに至る会話も、
フィアナが寝落ちた過程も容易に想像できる。

小さく息を吐き出すレーヴェを核心付けるようにノックの直後に扉が開く。

扉からは緑の髪を逆立てたケビンが姿を見せ、
起きているレーヴェを見ては驚いたように少し目を見開いた。


「おぉ、生命力凄いな。 容態どうや?」
「・・よくはないな」


身動きをせずとも痛みを訴える傷口にレーヴェは微かに眉を寄せる。

ケビンは「まぁ無事で何よりや」と告げるとベッド脇の壁に寄りかかった。

状況確認な、という前置きを作った上で、
レーヴェの意識がない間に起きたことを端的に簡潔に解説をされた。

ここはアルセイユの1室で、グランセルに向かって移動中であること。
オーリオールの行方は不明、浮遊都市は崩れてヴァレリア湖に沈んだ。

概ね想像通りの顛末に相槌を打つ。


「他に質問は?」
「・・・教授はどうなった」
「表向きには行方不明や」


彼はベッドに伏せたままのフィアナに視線を向けた。

浮遊都市での疲れもあるのか随分とぐっすり眠っているようで、
ケビンの訪問にも会話にも気付かず、目を覚ます気配は今の所伺えない。


「・・・事実は、あんま大きい声では言えんけど」


ぽそりと呟かれた言葉は濁されていたが、真実を伝えていた。
彼の所属組織を考えれば、ある種当然の結末である。


「口外せんといてな」
「それは構わないが・・・」
「が?」


周囲に視線を投げる。 普通の一室、手当てを受けた自分の身体。
・・・監視も、手錠も、扉の向こうに人の気配もしない。


「・・・些か、警戒が甘いようだが」
「いやいやその怪我で空中でフィアナちゃんおるのに逃げれんやろ」


だが、俺なら逃げれる。
眉を落とし息を吐き、未だにベッドの傍らで眠りこける明るい髪色を見た。

自分の行動1つで関わらせてしまったと自覚しながら、
叶うならば、結社とは縁のない人間であってほしいと思った。

一時的、公式でない居候だったとはいえ、
結社は彼女を完全に手放しはしないだろう。

常に監視とまでは行かずとも、報告書や記録といった物のどこかには、
フィアナ・エグリシアという名前が必ず記載されていて、
彼女の情報が完全に消去されることは無いと見るのが妥当だ。

意思の固さから来る口の堅さは、情報を漏らさないだろうが、
誰にも言えない秘密を抱えて生きるとはどういうものなのか。

・・・彼女はそこまで弱くないということも、とっくに知っているんだが。


「フィアナちゃんずっと心配しとったでぇ」


彼女の頭を撫でるケビンを数秒見据え、瞼を落とす。


「・・・悪いが、俺が居ない時にしてくれないか」
「おっと。 剣帝の反感は買いたないわ」


ケビンはぱっと手を離して笑うと、話も終わったからか「ほな戻るわ」と。
あろうことか手を振りながら部屋を出ていった。

再び訪れた駆動音と寝息だけの空間に、息を吐き出す。
身体に巻かれた包帯を押さえながら、起き上がりベッドに座った。

右手側の壁には窓から見える空はオレンジ色に染まっており、
直に日が暮れることを指している。

流れ行く雲間を見つめていると、ふと傍にある気配が変わった。
どうやらお目覚めらしい、フィアナは顔を上げるとゆっくりと瞬きを2度。


「・・あ、 レオン、さん」
「具合は平気か」
「あ、はい、なんとか無事・・私よりレオンさんの方が、」
「こちらもまぁ、概ね」


あの怪我で無事だったことに驚いているくらいで。
端々に痛みを伴っているが、これは治るものだと分かる。

フィアナは彼の無事な姿に安堵を見せたのも束の間、
どこか晴れない表情をしている。

地べたに座りっぱなしの彼女に、
ベッドの端に座るよう促せば、ゆっくりと立ち上がった。


「浮かない顔をしているな」
「・・・・無事で嬉しいんですけど・・・悪いことしたみたい、」
「というと」


ベッドに腰掛けるフィアナは僅かに俯き眉を寄せたまま、
両手の指を組んだ手に視線を落とし、自嘲気味な笑みを零す。


「・・・・オーリオールの、力を借りてしまったかもしれないんです、
 レオンさんを、助けてほしいって・・・私は『それ』に祈った、」
「・・・その話が事実だと確認する術もないだろう。
 全くの偶然である可能性も否めない・・・気に病むほどではない」
「そうでしょうか、」


教授を撃破した後、場にある僅かな残骸に向けて両手の指を組んだ。

封印すべき力を使ってしまったのではないか、
本当にこれは正しかったのだろうか。

それでいて彼が本当に無事かも不安で、つきっきりで傍に居た。

目を覚ましてくれた安堵はあるけれど、
そうなると今度は罪悪感らしきものが浮かび上がってくる。

彼の言葉の反芻、咀嚼しながら瞼を伏せて息を吐く。
するといつもの「フ、」という笑みが届いた。


「そんなことよりも俺への警戒の甘さを艦長殿に進言した方が有益だぞ」
「今遥か上空に居るんですけど・・・」





(偶然か、と後に小さく呟き、表情を和らげたのを俺は見逃さなかった)





 
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