小説

SC L
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その願いは刃に乗せて



深夜1時寸前。

誰もが眠りに付く時間に、街を巡回していた彼女は、
港倉庫の上に立つ人影を見た。

遠くながらも、人が居ると気付いた彼女は
目を見開き、大層驚いたことだろう。

何せ建物の上に人が立っているのだから。

口元噤んで、彼女は足を港倉庫へと向ける。
1時まで秒読み。







港倉庫まで辿り着いて早々、屋根の上に居た人物は、
青く長い髪を揺らし、白いマスクをかぶり表情は口元しか分からない。

彼は近寄った私に気付いたものの、逃げ出そうとせず、
ただじっと見下ろしていた。

・・・ああ、この人か。 報告にあった人物は。
そういえば実物は初めて見る。

彼は少しだけ口角は緩めて、口を開く。


「おや、お嬢さん。 こんな時間にお散歩かい?
 散歩はいいものだが、夜にうろつくのはお勧めしないよ」
「・・・・お気遣いドーモ」


・・・なめてんな。

隠す気のない2つの剣を、私は腰に巻いた帯に差している。
職の1つくらいは思い当たりがあるだろう。


「それより、そんなところに居るお兄さんに質問があるんだけど」
「何かね?」
「レオンハルトって人物をご存知?」


私の一言に、余裕気に口元に笑みを浮かべていた仮面の青年・・・
改め怪盗Bは口元しか分からないものの、さっと表情を消した。


「・・・どこでその名を?」
「へぇ、否定しないの」
「・・・・」


返事が途絶える。

まぁ、否定されなくても確信しつつ聞いてるんだけど。
私も相当意地が悪いか。


「もう一度聞く。 どこでその名を?」
「・・・あんたこそ分かってて聞いてんの」


雲で隠れていたらしい月が顔を出す。
彼のバックに照る月は街灯ほどではないものの明るい。

口を開きかけた彼を見た。


「・・何があった」


第三者の声に、屋根を見上げる。
その姿は見えないが、報告の怪盗Bは後ろを振り返った。

声なんて覚えているわけがない、
何年会ってないと思ってるんだ。

それでも直感的に悟った私は、 声をあげた。


「レオンハルト!」


怪盗Bこと、ブルブランと共に第三者は屋根の上から顔を覗かせた。
その人は私を見るなり、目を見開いたように見える。

・・ああ、今、懐かしさで胸がいっぱいだよ。
少しだけ目を細めた。


「・・・お前、」
「・・やっと会えた」
「・・・生きていたのか」
「勝手に殺さないでくれる?」


小さく溜め息を吐いた。

相変わらず、 いや、相変わらずなのだろうか?
10年も時間が開いたんだ。 「相変わらず」は語弊かもしれない。


「自分で言うのもなんだけど、
 しぶとさだけは女神の加護フルスロットルなんで」


そう告げながら、その場で小さくジャンプを繰り返す。

レーヴェの声に懐かしさなんて感じないほど声も忘れてしまったか、
・・いや、そういえば夢で少し聞いたような。

足先を地面につけ、足首を回しながら再度顔を上げる。
変わらず2人が上から見下ろしていた。


「ところでさぁ、この屋根上っていい?」
「・・上ってこれるなら」
「えぇー・・・まー、できるっしょ」


後ろに下がり、地面を蹴った。

屋根と屋根の、へこんで低くなってる部分に向かって走り、
壁に足を掛けて腕を伸ばした。

若干屋根に届かなさげだった腕を、レーヴェが捕まえて引き上げる。
屋根の低い位置に片膝立ちで乗り上がった。


「っ、と。 ありがとう」
「全く・・無茶をする奴だな」
「あんたにできたら私にもできるとか思うじゃん?」
「・・・・ お前にはそう思わないでほしかったさ」


溜め息混じりのその声を気にも留めず、
屋根の上で立ち上がって手の平を叩く。

先程から様子を伺ってるブルブランに少しだけ目を見やって、
合わない目線と噤まれた口元に笑ってやった。


「失礼、お兄さん。 ちょっと彼借りるよ」


奥の方に進んでいく。 斜めになった屋根に足を掛けて、
狭いながらも平らな場まで上る。

ふむ・・足場は悪い。


「・・・エルフィ」
「ん」
「お前・・何をしに来た?」


相変わらず溜め息混じりの声と、警戒気に左手に持たれた、
見たこともない黄金の色をした剣は足元の平らな屋根に向けられている。


「そーいうの言わせるの、私に」
「・・・・」
「・・正直なとこ、原因はあんただと思ってるよ。
 ふっざけんな、10年間も音沙汰無しでいやがって」


屋根の平らな場所で端と端。

剣を地面に向けたまま、レーヴェは
反抗的な視線をしたエルフィと呼ばれた彼女の様子を伺う。

・・そして彼女は、先程の反抗的な様子と一転、口元を緩めて瞼を瞑った。


「・・・と、いうふうに別に文句を言いに来たわけではない。
 ただ会いたかっただけだよ、あんたに」
「・・・・俺に?」
「そう、レーヴェに。 ・・剣士として!」


言葉が言い終わるや否や、エルフィの表情はキッと変わり、
巻いた帯に挿していた剣を左手で構えて、屋根を蹴った。

鞘から引き抜いた剣をレーヴェに向かって振り上げる。
レーヴェは地に向けていた剣でそれを防いだ。

響く金属音、


「・・・!」


少し目を見開いたレーヴェに、気付いているのか、
気付いてないかは定かではないが、
エルフィはすかさず右手で2本目の剣を取り出す。

抜き出した剣は迷わずレーヴェへと振られたが、
レーヴェはエルフィの1本目の剣を受けたまま、
剣の向きを変えて2本目も金属音と共に受け止めた。

レーヴェは剣を押し出し、反動でエルフィとの距離を取る。

反動で押し出されたエルフィは屋根という
移動が制限された狭いスペースで、ギリギリ滑り止まる。

エルフィの剣は2本とも双刃剣のようだが、
短い刃の部分は鞘から抜いていない。

屋根を蹴ってレーヴェはエルフィに剣を振り下ろす。

彼女は一回転して右手の持つ剣で、レーヴェの剣を受け止め、
左手に持つ剣を腹に向かって振りまわした。

後ろに飛びのき、避けるレーヴェ。

2人の間に少しの距離ができる。


「・・・・まーこんなもんか」


両手に持つ剣を鞘にしまうエルフィを見、レーヴェもまた剣を下ろした。


「・・強くなったな」
「まーね。 流石に10年経ちゃーね」


今あの戦いを繰り広げたとは思えないような、
けろっとした表情でエルフィは返事をした。


「お前は今、どこで何をしている?」
「エレボニアで遊撃士」
「・・・お前も?」

「調べてないの」
「生死すら知らずにいた俺に言うか?」
「それもそうか」


腰に手を当ててレーヴェと会話するエルフィと、
未だ剣を左手に、エルフィに問うていくレーヴェ。

ふとエルフィは表情を柔らかくして、小さく笑った。


「・・でもよかった」
「・・・?」


突然の言葉に疑問符を浮かべる。

そんな様子を知ってか知らずか、エルフィは言葉を続けた。


「心配してたほど変わってなかった。
 そんだけで私は十二分に収穫あったよ」


エルフィは屋根と屋根のへこんだ部分に飛び降り、
ブルブランとレーヴェの立つ屋根の間をすり抜けるように、
へこみ部分を伝ってしゃがみ、屋根の下を覗きこむ。


「・・・エルフィ、」
「・・・・」


微かに発せられた声に、しゃがんだ体勢から顔を上げる。
彼は紫色の目を細めて、何やらか言いたげに。


「・・・夜だからこれ以上はまた今度ね。
 まぁ、その『今度』はあんた次第だけど」
「・・・・」
「・・生存分かったなら、たまには連絡よこしてよね」


そう言ってエルフィは「よっ」という声と共に、
屋根から飛び降りて、よたりながらも着地した。

少しの距離を走っていったエルフィは振り返り、
屋根の上に居るレーヴェに向かって、顔の横で手を振る。

そしてそのまま軽い足取りで夜の街にと姿を消した。

レーヴェは彼女が去っていった道を、目を細めてずっと眺めている。
何か言いたげに開かれた口は噤まれている。

その瞳は、一体何を想う?


「・・・追いかけなくていいのかな? 遊撃士だそうだが」
「・・構わん、放っておけ」


レーヴェの視線は未だに彼女が通っていった道に。
切なげに伏せられた瞼は、誰も気が付かなかった。


「・・・・ さて、遅れたが報告を聞こうか」
「やれやれ、お前らしくない」
「・・・・・」


返事のない返事にブルブランは1つ息を吐き、
エルフィが走っていった方向に目をやった。

街頭だけが街に光を差している。

その場で2人を見、話を聞いたブルブランは、
きっとある程度の前提と事情を察しただろう。

しかし、彼の口から語られることはなかった。





 
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