小説

SC F
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休暇初日夜、テラスにて



川蝉亭で休暇を取ろうという話になった。

合流して早々にそんな話題になったもので、
休暇を取るほど多忙でなかった自分は一度遠慮したのだが。

遊撃士達の好意もあり、是非おいでとのお言葉を貰ってしまった。

・・それからは断るのも忍びなくて、ご一緒して。
ちょっと予想外の遭遇もあって。

晩御飯時に情報共有をするとの話だから、と
一足先に食事を済ませたフィアナは1人、外のテラスに居た。

建物越しに賑わう声と、湖の波の音。

夜風を浴びるのは決して珍しくはないけれど1人は久々な気がしたし、
普段と場所も違ったからどこか新鮮だった。


「お、美人さん発見〜」


横から降り掛かった声に、視線をそちらに向けた。
宿の窓から薄く漏れた部屋の明かりに照らされて逆立った緑色の髪を見た。

川蝉亭で合流を果たしたケビン神父だった。
ひらりと手の平を見せてフィアナを見つめている。


「や。 フィアナちゃんやんな」
「あら、ケビンさん」
「隣ええか?」
「どうぞ」


テラス席を背後に柵に手を掛け、波打つ湖と空に2人は視線を向けた。

宿の方からはまだ人が起きているようで、
窓越しながら人の声が彼女達にも届いている。


「いやー、ようやくゆっくり会話できそうやー」
「2人きりって珍しいですものね」
「しかもフィアナちゃんは晩御飯、
 1人だけ時間ずらしとんやもん。 寂しかったわぁ」
「あはは、あまり隠すのが上手くないから」


少しだけ困ったように眉を寄せたフィアナからは本心のように感じる。

彼女が結社ともあろう組織と接点があるのは、
グランセルで行われたレンとの会話でケビンにも通じていたはずだった。

だから、その発言自体に彼は然程反応はしなかったわけだが。

彼の言う「ゆっくり会話ができそう」には、
やはり多少なりとそれに関係した言及がされるのだろうと想像が付いた。


「単刀直入に聞かせてもらうけど、『蛇』におるんよな」
「端的に言えば、まぁそうですね」
「でもフィアナちゃんは、こう・・・コッチ寄りやんな」

「感情はどうしてもギルドに寄りますね・・
 居座るのは向こうなのに、気持ちはこっちで。 ちぐはぐですもん」
「そこや。 そこが不思議やねん。 脅されてるわけでもないんやろ?
 フィアナちゃんは寧ろ遊撃士側の人間やのになんで結社と関っとるんや?」


指をさして心底疑問そうに質問を投げかけられ、幾度かの瞬きを繰り返す。
フィアナは不意に口元を緩めて柔く笑みを見せた。


「・・・剣帝とはお会いになりました?」
「いんや、まだやな。 剣帝が?」
「そっか。 ・・・一目惚れ、だったりして」
「・・・ほ? え、剣帝に?」


驚いたように聞き返すケビンに、フィアナはこくりと頷く。
目をぱちくりさせて口を開く彼は大層驚いた様子だった。


「これは予想外やな・・・ 剣帝側は?」
「存じていらっしゃるけれど、彼はなんとも思ってないんじゃないかなぁ」
「ほんなら公開片想いか。 はぁ、そいつは凄いな・・・」


ケビンの最早感心の域にある反応に、眉を下げて笑みを返す。

ぽそりと呟かれた「若いなぁ」という発言にも、
彼女は静かに笑みを浮かべていた。


「じゃぁそれ叶えるために転がり込んでるっちゅーことになるんか?」
「うーん、成就させようとは今は考えてない、かな。 もっと自分勝手、」
「自分勝手?」
「ほんの少しの間、初恋の実感をしていたいだけなんです」


湖に翡翠の視線を向けたまま、困ったように頬を掻くフィアナ。

・・嘘を付くのは苦手だが、伏せる必要があればずっと伏せられる。
そういう人であることをここ数回会っただけで大体理解した。

彼女から告げられる言葉に嘘はないのだろう。
少々突飛な話ではあったが、疑う気は微塵も起きなかった。


「・・・剣帝に恋する乙女かぁ〜・・・
 しかも初恋かい・・・ひゃー、とんでもない・・・」
「ふふ、」


美しい翡翠色の瞳を瞼で伏せ、緩めた口元から溢れた笑み。
頬に掛かった横髪は優しいオレンジ色を湛えている。

不意にそんなフィアナの横顔を見た彼はぱちくりと瞬きを繰り返した。


「・・なんやフィアナちゃんそうやって笑うとえらい大人っぽいな」
「え、 そうですか?」
「胸がドキッとしたわ」
「えぇー?」

「今いくつ?」
「19です」
「若いなぁ・・・」
「あら? ケビンさんとそんなに変わらないと思いますけど・・」



(フィアナちゃん声が良いよな、声質が良い。 わりかし好みやわ)
(ありがとうございます・・・? 声褒められるって不思議だな)
(フィアナちゃんもうちょい喋って喋って、声レポするから!)
(声レポ。 え、えー? 何喋ったらいいでしょう)

(好きなものとかは?)
(・・・本が好きです。 推理ものは結構オチが読めちゃいます。
 花が好きです。 でも好きな花しか調べてないので詳しくはないです)
(・・声は結構高いね・・でもなんやろ、柔らかいのに凛とした感じか?)
(凄く真剣に説明されている。 なんか、これ照れますね・・?)





 
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