小説
□SC F
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聖堂に残される留守番組
連れていかれる直前、私の手を誰かが一瞬だけ拾った。
翡翠色の瞳が、何かを堪えてじっと見つめていた。
祈るように、私を見据えていた。
あの場で何が言いたかったのだろう。
結局その場で彼女からの言葉は聞けなかった。
聖堂を出る直前まで、見つめられていた瞳が。
彼女の放つ矢のように真っ直ぐな視線が、脳裏に焼き付いている。
*
「では我々は出発しようか。 予定通り、それぞれ塔に向かってくれたまえ。
手順は報告通りだ。 異常があれば即座に連絡を」
「了解したわ」
「承知した」
「フン」
「うふふ、えぇ」
「カンパネルラは私と来たまえ」
「了解だよ♪」
それぞれ了承の意を唱え、各々の方法で聖堂から去っていく執行者達。
ただ了承を唱えたのは5人だけで、声の掛からなかったレオンさんが1人。
教授はレオンさんに視線を向けた。
「レーヴェは後々大きな仕事が入るから、
ここは休息も兼ねて待機してもらおう」
「心得た」
「それではフィアナ君、私もここで失礼させてもらうよ」
「はい。 いってらっしゃいませ」
聖堂の通路を歩いて、離れていく教授と、
パイプオルガンの前に残されるレオンさんと私。
教授が聖堂から出ていったのとほぼ同時に、浅い溜息が聞こえた。
振り向くと、レオンさんは段差を下りて私の隣に立ち、
その後何を言うでもなくじっと私を見つめていた。
「?」
「一瞬だというのに、お前は随分と影響の与える行為をする」
「え?」
発言の意味を理解しきれず、思わず聞き返した。
「剣聖の娘が連れ出される前の、手」
補足するように告げられた言葉に、
「あぁ」なんて発言と共に一気に理解する。
確かにエステルちゃんの手に触れた。
あの場で口は挟めなかったし、個人的な、願いでもあった。
もう姿は見えない、聖堂の入口にちらりと視線を向ける。
彼女はこっちではないと思ったから。
エステルちゃんはどうあっても遊撃士の人間だと思ったから。
その心情が思わず、行動に出てしまったらしい。
「・・まずかったですか?」
「計画への直接的な関与ではない、咎める理由も無いが」
「はい」
「あの一瞬で、 ・・未練残すには充分すぎる働きだなと思った」
「残せたのかな、分かんないや」
残そうと思ったわけではないが、彼女が似合わないと思ったのは本音だ。
・・・それ以上に、きっと彼女達が望む形ではないとも。
「このタイミングでフィアナを回収したのは、
向こうからしても当たりだったな」
少しだけ口元に笑みを浮かべるレオンさんを見上げる。
・・・向こうにしても当たりだったと言いながら、だ。
彼女を執行者候補として、結社に迎え入れるのは計画外の話だ。
ならば、約束の範囲外だろう。
「この件については、私関与しちゃってもいいんですよね?」
「お前・・・せめて執行者相手には伏せろ」
「あら、質問する相手は選んでますよ?」
「それ以前の問題だろう・・」
「計画でなければ許されそうな気がして」
「・・・・あまり大声では言えんが。 その程度なら構わないと思う」
「あ。 ふふ、やった」
(どこへ行ってもお前の存在は大きいな)
(・・そうですかね、そこまで立派な人間でもないと思うんですけど)
(それは他者が決めるものだ。 自己評価はアテにならん)
(そう言うレオンさんからの評価は?)
(・・・相変わらず意外と食えない女だな・・・)
(あはは、褒め言葉かな)
(悪い評価ではないとだけ、言っておく)
(ん、)