小説

SC F
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夕陽を昼と呼べるか否か



震えるクローディア殿下の背中に腕を回す。
あやすように背中を優しく叩く。

声は、掛けられなかった。

「一生会えないなんてことありませんよ」なんて、
クーデターの後、忽然と姿を消した身からは言えなかった。


「(出会うはずのなかった人に、居なくならないでと、縋られている)」


・・・なんだか不思議な気分だ。
しかも今それを願っているのは同じ人間とは言え、王家の人なのに。

視界の端で、周りの人物より少し小さい影が、
アガットさんとエステルちゃんを呼び止める。

同じツァイスで育ったティータちゃんだった。


「私、すごく小さい時からフィアナお姉ちゃん知ってるんだけど・・」
「うん」
「フィアナお姉ちゃんね、びっくりするくらい、全然変わらないんだよ。
 見た目とかじゃなくて、性格とか、ずっと変わんないの」


説得するように、自分の思ったことを紡いでいくティータちゃん。
クローディア殿下を宥めながら、そんな彼女の後ろ姿を見つめていた。


「えっと・・自分が思う、反したことはできなくて、 ・・真っ直ぐで、
 わ、私は、そんなフィアナお姉ちゃんのことを、変わらず信じたい」


自らの意志を彼女達に告げると、
ティータちゃんは彼女達に背を向け、私の元へと歩いてきた。

近付く距離、クローディア殿下の様子を伺いながら少し離れる。

手を伸ばせば届くほどの距離に来たティータちゃんを、
少し屈んで抱きしめた。


「ありがとうございます、ティータちゃん」
「あっ、ううん、 私がそう、思ったの。
 それは、私じゃなくて、 フィアナお姉ちゃんの人徳かなって」
「ふふ、私をそう見てくれるティータちゃんが素敵な人なんですよ」
「あう・・」


私に抱きしめられた状態で、口籠るティータちゃんに薄く笑う。

・・・あんなに小さかった子が、今はこの状況にも関わらず、
自分の意志を伝えて、私を信じてくれる。

年月を実感してしまう、


「・・・エステルの意見は?」
「・・・うーん、シェラ姉ちょっと待って・・・
 ねぇ、フィアナさん、少し質問してもいい?」
「はい、どうぞ」


少し遠巻きから、エステルちゃんの声を耳にし、
ティータちゃんから離れて、彼女と目を合わせる。


「フィアナさんが・・えっと、ギルドの手伝いに来てるのは
 結社は知っているわけだよね。 そんなことして怒られないの?」
「うーん、元々私は結社の部外者な方ですので。
 一応向こうの了承は得てますし、許される範囲で動いてます」

「なら、フィアナさんは結局味方なの?」
「・・気持ち的には、でしょうか。 応援したいのも無論ギルド側です。
 ただ私にも制限が課されていて・・執行者が絡むと強く出れないのですが」

「これから何が起こるかは知ってる?」
「少しだけお聞きしています。 ・・お答えはできませんが」
「これからも私達の旅には付き合ってくれるの?」
「向こうの許す限りで、あなた方が許容してくださるならば」


真っ直ぐな視線と見つめ返しながら、彼女の質問に答えていく。
質問が途切れ、悩むように俯いた際に揺れた茶髪のツインテール。


「じゃぁ、これが最後の質問ね」
「はい」
「フィアナさんの今までの話は、本当に全部信じていいのね?」


確認するように向けられた瞳。
少し離れた場所からエステルちゃんを呼び止める声がいくつか。

1つ頷いて、少し微笑んだ。


「はい。 信じていただいて構いません」
「・・・そっか」


エステルちゃんは頷いて、瞼を伏せた。

シェラさんが、アガットさんが、オリビエさんが、
彼女の出す答えを待っている。


「・・ね、シェラ姉」
「エステルが感じたように動けばいいんじゃない?」
「シェラ姉の意見も聞いておこうかなって」
「・・・不審な点は無いし、許容していいかしらね」

「やっぱり? アガットは?」
「・・・良くも悪くも半々、半信半疑だ。
 言い分は分かるが、口を割らないのも引っかかる」

「おっけ、オリビエは?」
「正直『疑えない』のが彼女の怖いところだよねぇ。
 でも不審点も矛盾点もないし、寧ろ辻褄も合ったと感じたかな」

「ジンさんは?」
「うーむ、大体言われてしまった感はあるが。
 返答に迷いも無いし、皆が大丈夫だと思ったならいいんじゃねぇか?」


一通り聞いたエステルちゃんは再度頷き、
私へと向き直り、手の平を差し出した。

彼女の手の平の見つめながら、数度瞬きを繰り返す。


「これからもよろしく、フィアナさん。 ってことで」
「・・・いいんですか?」
「勿論。 私の一存だけじゃないし、 ・・レンの件は勿論あるけど、
 それでも、フィアナさんの目は嘘付いてるように見えなかったから」


「だから、」と続けて、再度手を伸ばすエステルちゃん。

脇から「フィアナさん、」とクローディア殿下が声を掛ける。
ティータちゃんは少し嬉しそうに、やり取りを見守っている。

・・・嗚呼、良かった。

小さく笑みを浮かべて、エステルちゃんの手を取った。


「少々立ち位置がややこしいですが、よろしくお願いいたします」



誰にでも優しくて、周りが良く見える印象、
そして笑顔が素敵な人だった。

居候と言いながらも『身喰らう蛇』に片足突っ込んでいるのは事実なのに
驚くくらい、彼女は歪みを見せないんだ。



(夕陽だ)
(でも沈まない)

(影に差し掛かりながら、自らの意志でそこに留まり、未だ照らしている)

(彼女をどう形容しようか、ずっと迷っていた)
(その日、彼女が『沈まない夕陽』であると知った)





 
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