小説

F〜S間 F
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無言の攻防と二択の果て



拠点のキッチンスペースのすぐ近くには、
会議室とも談話室とも取れる共有スペースがある。

長テーブルに複数の椅子が備え付けられた空間には、
窓際の席でコーヒーを片手に新聞に視線を落とすレーヴェが居た。

静寂が続いていた中、不意に共有スペースの扉が開いた。

今、この拠点を出入りするのは時々立ち寄る教授、
そして滞在している自分か、彼女しか居ない。

顔を上げれば、オレンジ色の髪を揺らしたフィアナが、
少し驚いた様子で立っていた。


「あ、レオンさん・・・部屋に居ると思ってた」


困った様子で笑うフィアナの手元には、黒くて薄いファイルと小さな布袋。
ファイルには楽譜が収まっていることを彼は知っている。

オカリナの練習場所として目処を付けたのが、この部屋だったらしい。
だが、避けようとした相手が先客で居る。

フィアナの手荷物を見、状況を理解したレーヴェは薄く笑みを見せた。


「フ・・お前には悪いがちょうどいい。 向かいの席に座れ」


レーヴェは彼女にそう促すと、部屋の片隅にある小さな棚へと足を運ぶ。

引き止められてしまったフィアナは促された通り、
レーヴェが座っていた席の向かいに腰を下ろした。

お互いの席を挟んでいる長テーブルは、
少し乗り出せば向かいの縁に手が届きそうなほどに幅が狭い。

棚の引き出しから小箱を取り出したレーヴェは、
それをテーブルの端に置くと同時に席に座った。


「この部屋でお前と会ったら、試したいことがあった」
「試したいことですか?」


話しながらレーヴェは小箱を開封する。

小箱からはトランプが1セット出てきて、
彼はその中から何かを探すように手元でトランプを広げる。

程なくして山から2枚のエースと、1枚のジョーカーがテーブルに出される。
3枚を弾いて見せ、残りは小箱の中へと戻された。

レーヴェはエースの1枚をフィアナに渡し、
残りの2枚を手元で混ぜ始めた。

ババ抜きをさせたいのだろう、とフィアナが察した頃、
彼女に見えぬようテーブルの下で混ぜ、どちらがエースかジョーカーか、
分からぬ状態にしてから、彼女の前に2枚を差し出す。


「フィアナ、本気で当てに来い」
「純粋な確率だと50%では?」
「時間を掛けてでも狙って、だ」


本気で、狙って。 時間を掛けたって2択の問題に無理を言う。

運よりも心理戦を強めたいのだろうか、差し出された2枚は、
レーヴェからはどちらがエースでジョーカーか見えている位置だ。

本気で、狙って。 そう言われたからには、真剣に応えよう。

一呼吸置いてから、フィアナがじっと彼の様子を見つめた。
紫色の瞳は手元のトランプと彼女を不規則にゆっくりと見つめる。

不定期な瞬き、空いた手の動き。
一通り見つめてから、フィアナは差し出された2枚に手を伸ばす。

片側の1枚に指を添え、彼の反応を伺う。
反対側の1枚も同様に繰り返し、細かい動作を注視する。

30秒ほど無言の攻防が続いた後、フィアナは彼の手から1枚引き抜いた。

テーブルの上で捲られたトランプはエースを表し、
フィアナの勝ちであることを示している。


「もう一度」


レーヴェは引き抜かれたばかりのエースを回収し、
見えぬように混ぜ、再度彼女の前に2枚を差し出した。

またしばらく、視線と指先だけの無言の攻防が続く。
数十秒して彼の手から惹かれたトランプは、またもエースが描かれていた。

「もう一度」と口にするレーヴェに、同じやり取りを繰り返すこと更に4回。
フィアナが選んだトランプは、3回目を除いてどれもエースだった。


「外させるつもりでこれだからな」


6回目を終えた頃、手元に残るジョーカーをテーブルの上にぱさりと落とし、
知っていたと言わんばかりにレーヴェは溜息を吐き出す。

純粋に考えれば二択のゲーム。
6回やって5回の勝利は、運が良かったにしろ強い戦績だろう。


「逆もやってみますか?」
「気になるなら試そうか」
「では」


テーブルの上のジョーカーを、滑らせるようにフィアナに渡す。

それを回収したフィアナは、持たされていたエースと混ぜ、
テーブルの上でレーヴェの前に差し出した。

フィアナが選んだのと同じ回数を繰り返す。
レーヴェが引き抜いたトランプは、6回全部エースだった。

それも前半戦、フィアナの思考時間の半分で。


「あら・・・全敗」
「理解と隠蔽は別の技能だからな」
「私の隠し事が下手ということですか?」
「ある程度意思が一貫している人間は読みやすいものだ」


彼は不意に乗り出し、フィアナの手に残っていたジョーカーを回収する。
再び混ぜて、改めて彼女の前に2択を差し出す。

またしばらく無言の時が経ち、フィアナが向かって左側のトランプを、
引き抜・・・こうとしたが、ぐっと彼の手に留まる。

僅かに動揺してレーヴェを見やると、
トランプ越しに深い紫色の瞳と目が合った。


「そちらはジョーカーだが」
「・・・いえ、これにしようと思います」
「何故?」
「え・・・これかなと、思ったので」

「何故、最初にそちらを選んだ?」


差し出すトランプの片側に指を掛けたまま、
彼の静かな問いかけに思案するように一瞬視線を泳がせる。


「何故・・・なんでだろう、分かんないんです。
 本当に、なんとなくとしか言い様がなくて、」
「・・・全く、これだからな」


フィアナが掴んでいたトランプから、ふっと彼の力が抜けるのを感じると、
トランプを引き抜いてはテーブルの上に広げた。

ジョーカーを示唆されたその1枚は、エースが描かれている。


「これでお前の7戦6勝。 心理戦を強めたことを踏まえても、
 2択のゲームにしては少々無理のある数字だな」
「私はレオンさんに6戦6敗しているんですが・・・」
「俺はフィアナほど勘頼りではない。
 一般心理や傾向を踏まえた上での精度だ」


手の内のジョーカーをテーブルに落とすレーヴェを見つめながら、
フィアナは最後のゲームの問答を反芻していた。

何故、それを選んだのか。

選択した理由を形容できる言葉が「なんとなく」としか出ないこと。
なんとなくの勘が、実際に当たっていること。

勘や直感が強いことを、今まで深く気にしたことはなかったが、
理由を詰められた時、言葉が出てこないのは、自分でも思うところがあった。


「何を根拠にしたのか、何故自信があるのか、何故それを選択したのか」
「・・・」
「フィアナが対人戦の場に居合わせることは少ないだろうが・・・
 お前の勘は強みだからこそ、勘で終わらせずに理解した方が良い」
「・・そうですね。 何故、何故か・・・」


すっかり考え込む様子になったフィアナに、彼は溜息を1つ。


「・・・組織に関わる今、言語化が吉と出るとは限らないが」


ぽつりと呟いたレーヴェの言葉は、声量が小さいのも相まって、
考え込む彼女の耳には届かなかった。





(レオンさんは、何故私から全部当てられたんですか?
 一体、私の何を参考にしたのでしょうか)
(黙秘。 ここいらを詳しく語る気はない)
(う、ノーヒント・・・ 視線、瞬き・・・回数? 性格も関係?)

(・・・弓にオカリナに心理と、覚えることが多いな)
(言われてみれば、これ全部レオンさんきっかけですね)



 
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