小説

F〜S間 F
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褪せた音色を上塗りして



「興味でもあるのか?」
「あ」


久々の王都グランセル。

城下町を歩いていると通りに面した楽器店がふと目に入り、
ほんの一瞬、顔を向けたら、隣を歩くレオンさんから冒頭の発言。

思わず返事ができずに「あ」と端的に発した一言以降、
口が開かなくて足を止めてレオンさんを見上げた。

ほんの一瞬、一瞬目を奪われただけだったのだ。
細かい動作まで意外と見られていたことに少し驚いてしまう。

彼は建物の外観とショーウィンドウを見やり、視線を私へと戻す。


「入っていくか?」
「・・そうですね、ならお言葉に甘えて少しだけ」


せっかく彼が気付いて促してくれたのだから、甘えてしまいたい。

楽器店の扉を押すと、カランカランとベルが鳴る。

店内に入るなり鍵盤楽器がずらりと並んで客を迎える。
壁にはギターやヴァイオリンといった弦楽器が置かれていた。

近場にあったサンプルのオルガンに指を添える。

レオンさんは店内の様子を一通り見渡してから、
鍵盤に指を置く私を見つめた。


「興味を持つということは、楽器が弾けるのか?」
「うーん、弾けないこともないんですけど・・・一般的ではないかも」


鍵盤で子供でも弾けるような有名曲のメロディーを弾く。
お世辞にも上手いとは言えないが、曲は分かる程度の腕だ。

音楽は好きだが、楽器となると限られてしまう。


「何なら弾ける?」
「一番得意なのはグラスハープです」
「そう来たか」


一般的でないだけに意外な答えなのか、彼の反応は物珍しそうだった。
あまり見られない反応を聞けた気がして「ふふ」と浅く笑みを零す。

鍵盤から手を離し、次に視界に入った管楽器スペースへと歩き出す。


「それと母がオカリナが上手なんです。
 楽器ならグラスハープの次にオカリナが得意かも」
「・・・成程、オカリナか」


後ろでポツリと呟かれた言葉を耳に挟みながら、
ガラスケースに入ったフルートやクラリネットを眺める。

見る分には楽しい楽器。 吹けないし弾けないのが少々残念だが。


「フィアナ」
「あ、はい?」


楽器を見るのに集中してしまったのか、
ふと思ったより遠くで呼ばれた声に辺りを見渡す。

少し離れたところに2階へ続く階段があり、
その前にレオンさんが立っていた。

小走りで階段元まで駆け寄ると、彼は階段を上がっていった。


「『星の在り処』という曲を知っているか?」
「いえ、初めて聞きます」
「・・・そうか」


後を追って階段を上ると、振り返りもせずに彼はそう問うた。
正直に答えると、彼は数秒の間を空けて相槌を打つ。

後ろ姿しか見えない今、表情は見えない、が。

辿り着いた2階には弦楽器スペースと、黒い本棚がずらりと並んでいた。
恐らく雑誌類や楽譜の類が収まっているのだろう。

彼は普段よりも遅い歩みで、本棚から何やらかを探していた。


「一昔前に流行った曲なんだが、ふと楽器の音色で聴きたくなった」
「リクエスト・・・ということでしょうか」
「そうなる」


思うところが、ありそうな声だな。

レオンさんは棚に収まった無数の楽譜から目処を立てたのか、
楽譜の並ぶ棚に手を伸ばし、ぱらぱらと探す。

その様子をじっと見つめていると、目当ての楽譜が見つかったのか、
黒く薄いファイルに収まった楽譜が差し出された。

受け取って楽譜を取り出して中身を見る。 表裏4ページ。


「お前のオカリナは手元にあるのか?」
「実はあるんですよ、ツァイトに寄った時に持ってきていて」
「確かに拠点に娯楽らしいもんはないか」


なんだかんだ本を借りて読ませてもらったり、
時間があるからと凝った料理したりで、触ることはなかったけれど。

オカリナは手元にある、けど。


「・・・これ、私が弾いてもいい曲なんですか?」


つい先日、彼の話を伺ったばかりだった。

先日聞いた話に音楽関連の言葉は挙がらなかったが、
一昔前に流行ったという情報と重ねると、実は大事な曲なのでは?

楽譜を手にしたまま不安気に伺う私に、彼は瞼を伏せて小さく頷く。
深い紫色の瞳で数秒、じっと見据えられて少し息を呑む。


「あぁ、お前の音で聴かせてくれ」
「・・・ひ、人が悪い、」
「何故?」


随分とずるいワードを選ばれ、眉を寄せて困り気にする私に、
彼は本気で理解できなかったようで怪訝そうな様子を見せる。

呆れた様子で背を向け、歩き出す彼の背中は象牙色の長いコートが揺れる。

彼の後を追いながら、手元の楽譜に視線を落とす。
・・・テンポはそう早くない、音域も大丈夫。

家族の留守を見計らい、家から持って来た荷物の中にオカリナもある。

彼はこの曲を一般的な情報だけで語り、
個人的なものに関しては一言も話さなかった。

これはきっと、大事な曲だ。

そう意識すると自分が弾くことに躊躇してしまいそうだが、
彼からしてみればその躊躇すら余計なわけで。

瞼を伏せ思案する私の傍らで、
彼は独り言のように「オカリナか・・・フィアナらしい」と呟いた。


「グラスハープは意外だったのに、ですか?」
「音という意味ではないが・・・グラスハープなんてどこで覚えてきたんだ」
「幼い頃に憧れて、凄く練習した時期があって」

「グラスハープも興味はあるが」
「グラスがあれば後は勝手に準備しますけど、
 拠点って全然グラス置いてないですよね?」
「今から調達するか?」
「えっ、このためだけにですか?」







窓の外から、陸に打ち上がる波の音に紛れて、
微かに馴染みのあるメロディが耳に届き、ふと顔を上げた。

陽はすっかり落ちて窓の外は暗い。

先日の話題から、オカリナと思しき『星の在り処』の音色は、
練習中なのか音が途切れたり泳いだりしている。

・・・律儀な奴だな。 予想はしていたが。

しばらく様子を伺っていたが、ただでさえ遠距離で聞き取りづらい音に、
わざわざ耳をすますのも馬鹿らしくなり、席を立ち自室の扉に手を掛ける。

部屋を出ると、窓がない分だけ音は聞こえなくなったが、
音の発信源だろう場所は大体想像が付く。

電気の灯る廊下を1人渡り終え最上階、屋上へと続く扉の前へ。

部屋で耳にしたよりも、ずっと近い距離で聞こえたオカリナの音色に、
やはり、と音を立てないようにゆっくりと扉を開ける。

吹き付ける風の先、定位置となった建物の縁に彼女の後ろ姿。
オカリナを構えているのか、腕が曲げられていた。

傍らにはランプが置かれ、その下には楽譜らしき紙が押さえ付けられている。

外に出て扉を閉め切ると同時に、オカリナの音が泳いで止まる。
驚いたのか僅かに肩が跳ねた様子で、恐る恐ると振り向かれた。


「続けて構わんぞ」
「・・・き、聞いてたんですか・・・いつから、」


フィアナの問いにはあえて沈黙を貫き、彼女の隣に腰を下ろす。
オカリナを握る手は膝の上に下ろされ、再開する見込みは薄いように見えた。


「練習中ではないのか」
「リクエスト曲の練習を聴かれるの、緊張するんですけど・・・」
「ならば場所を選んだ方が良い」
「う、ですよね・・・」


「なんとなく足がここに向いて・・・」と彼女がぼやく。
そのおかげで発信源を一発で特定できたとも言えるが。

次の練習場所でも選んでいるのか、思案する様子に薄く笑みを零す。


「一度通して吹いてくれ」
「え、あの、本当に練習始めたばっかで、1曲通してはできないんですが」
「ではできるところまで」
「えぇー・・・」


困り気に眉を寄せ、言葉を詰まらせるフィアナが、
観念したかのように下ろしていたオカリナを持ち上げた。


「・・お気に召さなくても知りませんからね?」
「フ、要望側が文句など言うものか」


俺の言葉を聞き届け、彼女はオカリナを構える前に深呼吸を1つ。
ふと持ち上げられた瞼から見えた翡翠の色。

先日は「素人の趣味なんであんま期待しないでくださいね」と笑っていたが、
オカリナを構えた時の表情は真剣で、充分演奏家の顔に見えた。

一瞬の静寂の後、オカリナの柔らかい音色が響き渡る。

懐かしいメロディでありながら聞き慣れぬ雰囲気の『星の在り処』。
不慣れゆえに辿々しいながらも、優しく透き通った音色。

伏せた瞼を開き、オカリナを吹くフィアナの横顔を一目見る。

夕陽を連想させる髪色、射抜くような翡翠色の瞳。
随分と見慣れた組み合わせは、既に何かが介入する余地も無く。


「(嗚呼、やはりな)」


もう見えない。

瞼を伏せてオカリナに音に耳を傾け、どこか安堵している自分が居た。





(・・・終わりか?)
(練習不足が否めないので今日はここまで、ということで・・・)
(いや、なかなか良かった。 礼を言う)
(そんな、 もう少し練習してちゃんとしたもの聴かせます)

(無理を強いる気はないから断っても構わないんだが)
(でも、レオンさんから曲のリクエストなんてこれっきりでしょうし。
 まぁ、代わり、は嫌なんですけど、応えたい気持ちも本当で・・・)
(・・・その考えは杞憂だがな)
(え、何が・・・リクエストがですか?)





 
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