小説

F〜S間 F
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悲劇を聞いた少女は語る



本日は晴天なり。

レオンさんの話が落ち着くや早々、私はエレベーターに乗り込んだ。

扉閉めようと思ったらレオンさんまで乗り込んで、
「あら、珍しい」なんて思ったのは彼には言わず。

施設の中を小走りで駆けてく。
廊下で首だけ振り返ると悠々と歩いてるレオンさんの姿が見えた。

扉開けて、階段を軽快に上っていく。

この建物の中で唯一、押して開ける扉に手を掛ける。
扉の隙間から風が吹き付けて、扉を全開に開けると青い空が迎えた。

嗚呼、本日も快晴なり。

広いスペースでくるりと一周回った後、定位置となった場所に腰を下ろした。
建物から下ろした足がぶらんと揺れる。


「フィアナ」
「はい?」


後ろから呼ばれて、顔を上げて振り返る。
立ったまま腰に手をついていたレオンさんは座る私を見据えていた。


「・・お前は、俺の話を聞いてどう思った」
「・・・どう、と言いますと」


レオンさんは前に数歩歩き、私の左側にと腰を下ろした。

感傷に浸ってる、というわけではなさそうだが。
深い紫色に閉ざされた彼の真意は読めない。

・・・彼は一体、何を考えてるのだろう。


「言い方を変える。 この世界をどう思う」
「・・・難しい話ですね、19歳に問う内容じゃないと思いますが・・」
「回答しにくいか」
「訊かれたからには出来る限り答えますけど」


ふむ、と顎に手を当てて悩む。

この世界をどう思っているか。

そんな質問をされても、私が見た世界は狭すぎる。
彼が満足するような答えは返せそうにないのですが。


「参考までにレオンさんの考えを聞いてもいいですか?」


レオンさんは少しだけ目を細めて私を見て、また空へと視線を戻した。


「鵜呑みにするなよ」
「その辺りはレオンさんの信ずるままに」
「・・・フ、そうだったな」


釘を刺すような一言に、純粋に返答をすれば、
彼は浅い笑い声と共に「そうだったな」と呟いた。

彼が一瞬何かを言いかけて、その口を噤む。
そしてまた口を開いた。


「俺は、・・この世界は酷く歪んでいると思う」


おっと、第一声直球。
その言葉を聞き、私も空へと顔を上げた。


「女神だの世界の平和だの。 先が見えないものを信ずる者に対し、
 そんな空想は存在しない、と思っている」
「・・・・」
「世の中が皆平等で、女神が本当にいるならば、
 何故村は犠牲になった? 何故カリンが、ヨシュアが、」


言葉が詰まった彼の様子を窺う。

レオンさんは口元を手で覆い、俯いていた。
・・・・これまた珍しいな、と。

腕を伸ばし、彼の背中に手を添える。

・・人間離れの強さ、といったって、レオンさんも人間ですもんね。
後ろから吹き付けた風で、髪が前に流れていって流れた髪を耳に掛けた。


「お答えありがとうございます。
 参考にさせていただきましたので、続いて答えます」


さするのをやめ、顔を上げる。
彼が少しだけ、私を見たような気がした。


「そうですね・・・実際歪んでると思いますよ。
 本当に世の中が、全ての街が、全ての人間が平和なら、
 結社なんて組織存在してませんし、戦争も起きてませんって」


言い切って小さく息を吐く。

私だって戦争当時は9歳、ハッキリと記憶が残る年だ。

私の語りに、レオンさんは少しだけ驚いたかのように
「・・・それはまた、」と呟いた。

口元を覆っていた手はいつの間にか下ろされていた。


「意外ですか?」
「いや・・いい。 続けろ」
「気になる物言いは相変わらずですね」


彼の背から、手を離す。
もう大丈夫そうかなと判断したのと、腕が攣りそうで。

少しだけ開いた足の間に、組んだ手を下ろした。


「歪んでるとは思いますけど、 ・・・・
 でも貴方が考えるほど、この世界が汚れてるとも思わないです」


少しだけ背筋を伸ばして、彼と目を合わせる。

救え出せなくても、手が伸ばせなくても、
きっと、呼び止めるくらいはできるはずなんだ。

彼の瞳は相変わらず読めない、けれど。
少しでも伝われ、と思う。


「確かに出会った人間の誰もが良い人間とは限りません。
 けど、出会った人間の全てが悪人とも限らない」
「・・・・!」


少しだけレオンさんが目を見開いた、ように見えた。
彼は私から視線を外さず、小さく開いた口は噤んだようだった。


「だから私は、良い人に出会えることに賭けたい。
 平和や安寧を望み、救われることに賭けたい」
「・・・・」
「私なんかでは説得力はありませんか? それとも、私も悪人でしょうか」
「・・・いや、」


間をおいて出てきたのは短い否定の言葉。


「・・そんな見方もあるな」


落ち着いた声色に、私は少しだけ笑みを浮かべた。

全ては伝わらなくていい。
流石にそれには限界がある。

ただ別の見方を知れば、きっと何かが変わる。


「年と経緯に似合わず、随分と達観しているな。
 お前は平和に生きてきたクチだろう」
「偏見は嫌ですからねぇ」
「・・そういう話なのか?」





 
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