小説

F〜S間 F
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疲れと反して寝付けない



弓の練習をやり始めてしばらくが経った。

普段使わない筋肉を使ったり不慣れな動作で体力使い切ったりして、
最初の方こそ疲れてぐったりして、ベッド潜れば即刻夢の中だったのに。

今や変に目が冴えていて眠れない。
・・これは、体は疲れているのに寝付けない、というしんどい状態だ。

サイドチェストに置いた時計を見ようとして身体を起こす。
黒くてシンプルな表示のみの時計は午前0時半を指していた。

・・・流石にもう寝てるだろうか。

ベッドから起き上がり、毛布を腕に掛けて廊下に出た。

照明がほとんど落ち、人の気配が全くしない暗い廊下歩くのは少々怖い。
貸し出された部屋から然程遠く離れていない彼の部屋の扉の前に立つ。

・・・・・

小さく深呼吸をして、少しだけ声量落として扉越しに呼びかけた。


「・・レオンさん?」
「入れ」
「あ、起きてた」


間髪入れず返ってきた声ははっきりしていて、
自分が起こしたのではなさそうだと安堵する。

即座に扉が開いて中に立ち入ると普通に電気は付いていて、
レオンさんはテーブルに向かって椅子に座り読書タイムだったようだ。

本から目線外して、扉の前に居る私を見た。


「どうした?」
「あはは、どうしても眠れなくて。 少しだけお顔を見に、」


腕に掛けていた毛布を抱き締めて、
困ったように笑う私に彼は小さく手招きをした。

レオンさんの向かいにあった椅子を引き、毛布を膝に掛けて椅子に座る。


「・・フン、 夜も更けた頃に男の部屋に入るのは感心しないな」
「て、定期的に脅されている気がするんですが・・?」
「無自覚無防備が一番タチ悪いぞ」

「でも・・・襲われないという絶対的自信があるんです」
「何を根拠にそんな悠長なことを言っているのやら」


彼は呆れたように苦笑いしながら手元の小説に目線を落とした。

や、まぁ、根拠ないのは自然で9割くらいは直感なわけだけど。

19年私と付き合ってきた自分は、
こういった類の勘は大体合ってることを知っている。

その自信が勘から来るものだなんて言ったら呆れるだろうか。

眉尻を下げて小さく微笑み、
ふと彼が手にしていた小説の背表紙に視線を投げた。


「今日はいつまで起きてるんです?」
「そうだな・・キリがいいところまで読み終えたら」
「面白いんですか? それ」


ページをパラリと捲った彼の所作を見つめていた。
単純に本は好きだが、レオンさんが何を読んでいるのか気になる。

そういえば彼が小説を読むところは初めて見るかもしれない。

本棚に小説あるのは知っていたけれど、
あまり人の本棚を見るのもあれかなと気が引けたし、機会もなかったし。


「俺は好きだな」
「へぇ」


予想以上の返答に少しだけ目を丸くする。
自分の好みは明かさなさそうな人だと思ってたけれど。

というか好き嫌いはあんま感じない人だと思ってたけれど、好みはあるのか。
あ、いや、教授のことは少々嫌っている様子だったな・・流石にあるか。

・・・彼が好む小説ってどのジャンル?

真剣に考え込む表情がモロに表に出ていたのか、
文字を追っていただろう紫色の瞳は再度こちらに向けられる。


「気になるくらいなら読むか? 向こうのサイドチェストに1巻目置いてる」
「あ。 ・・そうしよっかな」


レオンさんが指したのはベッド際にあったサイドチェスト。

椅子を膝裏で押して、毛布を腕に再度掛け直した。
椅子をテーブルの中に戻し、小説読み直し始めたレオンさんを一目だけ見て。

ベッド脇まで歩き、サイドチェストに置かれた本を手に取った。
1巻ということは3巻以上のシリーズ物かもしれない。

デザインとしてはシンプルに感じるけれど色味が、綺麗だ。

本を手にし、傍にあったベッドに腰を下ろす。
手にしたばかりの本をベッドに置き、一旦腕に掛けていた毛布を脚に掛けた。

ごろん、と右半身を下にして寝転がる。
置いていた本を手繰り寄せて、目次にぱらりと目を通した。

続いてページを捲り、序章に入った字を追った。


「ふふ、読書会だ」
「そうだな、・・・そこで読む気か?」


盛大な溜め息が吐いたのが聞こえて、本から顔を上げてテーブルを見やる。
寝転がるゆえに普段とは90度角度の違う彼が視界に映る。


「や、眠気はあって・・・寝ちゃってもいいように?」
「・・・持って帰ってもいいが」
「せっかく来たのに」
「あのな」


ため息混じりの声に苦笑いしたままページを捲る。

文字を追うと眠くなるタイプではないけれど、
力尽きたら勝手に寝落ちるタイプだ。

正直この体勢で一番心配なのは、
寝た時どこまで読んだか覚えているかだけど。

・・寝落ちた時に挟まるだろう自分の指を信じよう。







一息付いただろうと思しき山場を終えたところで息を吐き、
栞を挟んで本を閉じた。

顔を上げて壁に掛かった時計を見ると既に2時近い。
思ったより時間過ぎたな。

・・・ベッドの方で寝転がって読んでいたフィアナは随分と静かだが。
視線を向ければ本に手を乗せ、小さく寝息を立てていた。

・・流石に寝たか。 ・・・結局寝たか。

深い溜め息を吐き出してからテーブルに手を置き立ち上がる。
ベッド横まで歩き、彼女の肩を少し揺すった。


「フィアナ」
「・・・・・ん」


呼びかけても、彼女は少し眉を寄せただけで起きる気配はない。
だから部屋に持って帰っていいと言ったのにこいつは。 ・・こいつは。

また1つ息を吐いて、寝落ちる直前に読んでいたであろう
彼女の指が挟まったページに栞を挟んでから、彼女の手から本を取った。

ぱたりと彼女の手が落ちるのを視界の端に、
ページ数と字を目で追う。 ・・序章くらいは読んだのか。

進みを確認した上で本を閉じ、眠ったままの彼女を見る。
・・・慣れない弓だ、無理もないか。

1つ小さく息を吐き、彼女の腹の上に本を乗せる。
毛布が掛かった膝裏と、肩に腕を回し持ち上げると彼女の頭が肩に当たる。

全く困った娘だ、とまた1つ溜め息。

・・・彼女を部屋に送ったら水飲んで寝るとするか。





(・・・私、いつ部屋に帰って来たっけ・・・
 あ、枕元にレオンさんの小説・・・ あ、栞挟んである、)





 
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