小説

F〜S間 F
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彼女は夜風に当たりたい



久しぶりに戻ってきた、ヴァレリア湖の結社の拠点。

王都グランセルの空中庭園も凄く綺麗だったけど、
星空をバックに夜の湖というのも、とても良いものだ。

太陽が昇っていれば湖に足を浸けるくらいはしただろうが、生憎の夜。
拠点の屋上から、足を下ろして1人空を見上げていた。

何気に王都で過ごした時間は長かった。

久しぶりに拠点で過ごした静かな1日は、
懐かしさ半分、意外と自分に合っている、とも思う。

王都での時間を思い出しながら、綺麗な星空を見上げていれば、
唐突にバサッという音と共に左肩に何かが掛かった。

見れば彼が普段着ているコートが半分引っ掛かっている。
若干雑な羽織り方からして、どうやら投げ付けられたようだ。

一瞬で状況分析して、コートが飛んできたであろう左後ろに振り向く。
レオンさんが片腕を腰に当てて仁王立ちで、若干眉を寄せていた。


「レオンさん、」
「全く・・・風呂上りの上に薄着で夜風に当たるとは。
 とてもじゃないが褒められたものではないな」
「あはは、ちょっと風に当たりたくて・・」


苦笑いしながらそう答えれば、
はぁ、と大きく溜め息がついたのが見えた。

どこで風呂上りだとバレたのだろう、と少しの間考えたものの、
まだ髪が湿っていることに気づいたために答えはすぐに出た。


「え、と、連れ戻されます・・?」


困り気に笑いながら、左肩に掛かっただけの彼の上着を右肩にも掛ける。
上着はまだ体温が残っており、風を防ぐだけでなくほんのり温かかった。

彼は私の質問には何も答えないまま、
私の隣に腰を下ろし、私と同じように建物から足を下ろす。


「言っても聞かないと思うがな」
「・・・・」
「・・フフ、図星だろう。 しばらく貸すから袖に腕を通しておけ」


苦笑いしながら返事をして、彼のコートに左腕を通す。
・・・袖まで温かいと来た。 本当についさっきまで羽織っていたらしい。

微かに彼の匂いがして、少しだけ気恥ずかしくなる。

そして袖が長いせいで、なかなか左手の指先が袖から出ない。


「・・・ふふ、」
「・・・何故笑う」
「いえ。 優しいなぁ、と」


笑いながら長い袖から指先だけ出して、右腕にも腕を通す。

視界にちょっとだけ映ったレオンさんは
少しだけ動きが止まって、 零すように笑った。


「そうやって風に当たりたがるから、風邪を引くのではないか?」
「あ、それは言わない約束です」
「はは、」


可笑しそうに笑うその姿につられて、私も笑う。

袖を通しきって、コートの前を少しだけ寄せる。
その後、腕を前方に伸ばして、改めて袖の長さを再確認。

指先が隠れてしまうほどの袖に少しだけ硬直し、両腕の袖を1回だけ捲った。


「・・・予想はしていたが、大きいな」
「立ったらロングスカート並みに丈がありそう」
「引き摺ると思うが」
「それなら私、これを羽織って歩けませんね」


笑いながら首元でコートをまとめて、レオンさんの格好を見た。
・・・長袖1枚だが寒くないのだろうか。

あ、私がノースリーブで出てたから寒いのか。


「・・・レオンさんは寒くないですか?」
「わりと平気だ。 もう少し冷えるかと思ったが」
「寒かったらどうしてました?」
「部屋に帰ってた」


迷いないその言葉に笑いながら「でしょうね」と答えた。

レオンさんは様子こそ見に来てくれるけど案外マイペースな人だ。

仕事は仕事と言って時間厳守するけれど、
自分の時間では結構スイッチが切れてしまう人。

彼の姿はここ数ヶ月ほどしか知らないけれど、そんな印象が根付いている。


「ねぇ、レオンさん」
「なんだ?」
「明日は流星群なんですって」
「ほう」

「・・・・レオンさんと見たいな、なんて」


俯き小声で呟いた願いはハッキリと聞き取られたらしい。
隣に座る彼からは間髪入れずに「フ、」と小さく笑われた。


「どうしてお前はそう・・・俺が何も用事がない日に誘えるのだか」
「嫌だったら1人で見るからいいですよ、別に・・・」
「別に嫌とは言ってない。 ・・フフ、だからそう膨れるな」
「・・・膨れてないです」


・・・あやされている感がして少しだけ眉を潜める。
彼の浅い笑い声はまだしばらく続いたようだ。

複雑な気持ちを抑えながらもう1つ、素直に思ったことを言葉にした。


「・・・誘うとほぼ毎回乗ってくれますけど、
 どういう風の吹き回しでしょうか・・・」


その言葉を聞いた彼は少しだけ私を見て、視線に気がついて見つめ返した。
彼は少しだけ目を細めて、小さく笑う。


「まぁ女なのだからそれくらいの警戒はすべきだな」
「何もしない癖に何を言ってらっしゃるのか」
「しないとも限らんが?」
「しないでしょう?」

「何を根拠にそう言えるのだか」
「根拠無いけど大丈夫です・・・あ。 明日11時からです」
「あぁ。 ・・流星群なんて何年ぶりだろうか」


少しだけ目を細めて、星空を見上げたレオンさんの横顔を見て。

・・彼は今、何を考えてるのだろうと
彼が今、見ている星空へと顔を上げた。





 
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