小説

FC F
10ページ/17ページ




即ち本能だと彼女は言う



「お前、死ぬだろうな」


テーブルの向かいに座る彼から、突然そんな言葉を発せられた。

王城の一室借り切ってしまった私の部屋に、
時間が空いたからと居座った少尉、ことレオンさん。

情報部モードで衣服もそのようだが、分厚い仮面は外されており、
情報部の黒い制服と対照的なアッシュブロンドが姿を見せていた。

脈絡も無く吹っ掛けられた発言に、
資料室から借りていた本を捲る手も止まってしまい、瞬きを繰り返す。


「・・・・死刑宣告ですか?」
「いや、そういう意図の発言ではない」


唐突な発言で、驚愕のあまり無表情だったろう私の質問は、
落ち着いた否定の言葉で切り落とされた。

に、したって。 流石に急すぎる、だろう、これは。

借りたばかりの本に目を通す気分でもなくなってしまったが、
そのまま閉じるのも忍びなく、同じページが開きっ放しになっている。

少し考えたように伏せられる紫色の瞳。
次に出てくる言葉は何かと待ってみる。

思案が落ち着いたのか、レオンさんはふと私の顔を見つめた。


「先日軽い口論をしただろう」
「あ、あぁ・・・」


短い一言で、それが『いつ』を指したのかを一瞬で察する。

正直あれは自分でもやってしまった、と思っていたのが拭えなくて、
でも自らの意志は変わらずで、結局今でもちゃんとした謝罪をしてなかった。

彼が何も無かったように接するゆえのタイミングの遅れ、でもあったんだが。


「その件については・・すみません、その」
「謝罪はいい、言いたいことは理解した」
「・・・」
「・・・・根底、か」


また、考えるように一言呟くレオンさん。

・・・私の反論自体は気にしていないようですけど、
私の発言自体はバッチリ気にしてるじゃないですか。

謝罪を止められ、理解したとは言われたものの、
あの日の反論の後、気まずかったのがそう簡単に収まるわけでもない。

右手の指先で、小さく頬を掻く。


「フィアナは、人のために死にそうだと考えていた」
「ん、」
「お前の人格が良いのは知っている」
「え、あ。 ありがとう、ございます?」


さっきから脈絡の無い話に追いつけない。
彼の思考に反応を示して、褒め言葉と思われる発言に礼を述べ。

返答する後に、彼の眼差しが一気に真剣味を帯びるものになった。


「フィアナが助けようとした命は、お前の命に値するほどのものなのか?」


・・その瞬間、脈絡の無い問いが繋がり、納得が行った気がした。
問いたかったのはこれか、と言わんばかりに自らの目が開く。

数秒の硬直。 その間に思案した結果は。
なんだか中途半端な緊張が取れたみたいで、小さく笑みを浮かべた。


「値なんて、そんな大層なこと考えませんよ」
「・・・」
「危ないと思えば、本能が咄嗟に身を守ろうとするでしょう。
 それと同じように、救いたいと願った時に身体が動くんだと思います」


我ながら無鉄砲だと思う。

他人の死を犠牲に生き長らえるのは、私の想像よりも辛いのかもしれない。

恐ろしい瞬間の記憶を抱えずにこの世を去るのも、
ある一種の救い、かもしれない。

でも本能で、咄嗟の時って、そんな先のことまで考える余裕なんてない。

私の言葉を聞いて考え込む様子を見せる彼が、なんだか少し意外で。
・・・結社ともあろう組織に属してるというのに。

思わず小さく笑ってしまった。


「理解しようとしなくていいです。
 人が全員そうだなんて思っていません」


彼は思案の表情を止め、顔を上げる。

私も物心付いていた時期に戦役を迎えた身だ。

他人を気にする余裕なんて無いだろうその時に。
我が子を、最愛の人を、必死に守ろうとする誰かの姿を見ていた。

もしかしたら、あれがきっかけだったのかもしれない。


「だから、かな。 自分はこういう考えに至れるから、
 動こうとするんだと思います」
「・・・・」

「咄嗟の時、自分の身を守ろうとするように。
 せめて救いになりたいと願った時、行動に移してしまう」


決して自分の身を軽視しているわけじゃない。
でも、そうして救える命があると、幼いながらに知ってしまったのだ。


「・・・やはりお前死にそうだな」
「はは、かもしれませんね。 多分やめないんですけどね」
「・・・・コイツは、」





 
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ