小説

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制止促す救いと己の根底



自己犠牲になりたいと問われれば、答えは否だ。
話が綺麗に収まるなら、誰も犠牲にならない方が幸せに決まってる。

でも、それよりも沢山の人が救えるなら、吝かでもなかったりする。


夕陽のような色をした長い髪を揺らめかせ、
彼女は人気の無い城内をぱたぱたと歩を進める。

彼女の左手には何も入っていないカゴが提げられており、
まるでこれから王都でショッピングとでも言わんばかりの様相だ。

彼女がこれから1階へと続く階段に差し掛かろうとした際、
向かいの通路から情報部の衣装を身に纏った人物が現れる。


「フィアナ」
「! ・・・少尉、」


階段の前で足を止め、少尉と呼んだレオンハルトへと視線を向ける。

通路を駆ける彼女が目立つほど明るい表情をしていたわけではないが、
それに比べても、今のフィアナは少々緊張を含んだ面持ちだ。


「また離宮か? 暇な奴だな」
「・・・まぁ、一定以上の行動は制限されていますし、多少は暇ですよ。
 ・・制限に加えられるほど、まずい行為でしょうか? 非戦闘員ですよ?」
「腕よりも口が、という話だろう。
 ・・そうして首を絞めるのはお前自身ではないのか?」
「・・・・」


決して柔らかい雰囲気ではない。

少尉の方はヘルメットで、口元以外の表情は読み取れないが
お互い相手を見据え、感情と意識の出方を伺っている。

口元しか見えない少尉の表情に、唇が薄く開かれ呆れたように息を吐き出す。


「止めはしないが・・・所詮気休めだな」
「・・・」

「自らすらも守れんお前に何が出来る? 何故気に掛ける。
 一時的な救いなど、報われない瞬間の闇に強く響くだけだ」


冷静に現実を告げる彼にフィアナは口を噤む。
視線が下がり、少し悩んだ表情だ。


「わざわざ自らの身を削ることも無い。
 お前がそれほど疎い奴でもないことは知っている」

「っでも、この時代には誰かの尊い命を犠牲に今を生きる人だって居る!!」
「・・・!」


普段大人しく落ち着いた印象を与えるフィアナが、珍しい声量を出した。
彼女の大声とその言葉に、ヘルメットの内側で小さく目を見開く。

言い切った彼女はというと、対峙するように立つ少尉を見据え、
慣れない大声を出した影響か、浅く息を繰り返していた。


「はぁ、 ・・・違い、ますか」
「・・・・」

「戦争に、怯えながら、生き延びた人が、この世界に居る。
 誰かに守られて、誰かの命が犠牲になったことを理解して、
 今この時間を必死に、 この世界を精一杯生きている人が居るのに?」


落ち着いてきた息に、彼女は告げていく。

フィアナは平穏を第一とし、争いを望まない。
彼自身も彼女が何かを言い返すのを見たのは初めてだった。

彼女の言葉を黙って耳を傾けるのは驚愕から来るものか。
彼女の根本的な意志の聞きたさからか。


「それを無駄だと言うならば・・存在否定ではないですか、」
「・・・」
「・・違いますか。 レオンさん」


凛とし彼女の声は、ロランス少尉ではなく内なる人物へと向けられている。

「城内では偽名で呼ぶように」との言いつけを破ってまで、
彼の名を口にしたのがその証拠だ。

城内の人が別件でほとんど出払っていたのが幸いだった。
彼女の声に反応して駆けつける者の気配も無い。

エメラルドを連想させる翡翠色は、
揺らぎを見せずに真っ直ぐ彼を見据えている。

・・・辺り一帯に走る静寂。
沈黙したままの少尉に、フィアナはゆっくりと息を吐き出す。


「・・すみません、少尉。 少々口が過ぎすぎました」
「・・・」
「根底にあるものは取り除けないと言うならば、
 ・・・これが私の根底だと思います。 失礼いたします」


フィアナは彼にぺこりとお辞儀をすると、階段を下りて行った。

去っていくその背とオレンジ色の長い髪を眺めながら、
彼は1人、深い溜息を付く。


「・・・・・聖女か」


本当に身を投げ出しかねないのではと思ってしまったのは、
やはりそれが彼女の根底だから、が理由だろう。





(啖呵切りすぎちゃったな・・反省、)

(・・・優しさは時に人を殺すと言うが・・・あれはいつか返ってくるな)





 
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