忍足と囲碁

□第8局
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「で、結局タオルとリストバンドは買ってみたんだけど、本当にこれだけでいいのか迷っちゃってさー」
「なるほどねー。ここは男の意見を聞きたいとこね!」
「でしょ?奈瀬もそう思うでしょ?」
「伊角くん、どう思う?」
「え!?俺!?」
「1番まともそうなの伊角くんだし」
「うーん……神崎の彼氏さんがどういう人かにもよるけど、やっぱり男は素直に家に呼んでもらうのとか嬉しいんじゃないかなぁ。あ、でも神崎の親御さんが許してくれるなら、だけど」
「それだっ!!」
「え、マジで?」
「うん、そういえば泊まりに行きたいって言われてた気がするし。ご飯とか作ってあげればいいかな」
「親御さんとか大丈夫なのか?」
「灯積極的〜!」
「うち親いないから大丈夫!早速電話してくる〜!」
「えっ……」

伊角くんったら、ちゃっかりいい提案するんだから!
私は研修部屋を出て早速侑士に電話をかけた。

「なぁ奈瀬。神崎って本当、何者だろう。塔矢名人の研究会に呼ばれてたり、緒方さんとタメ口だし、院生で彼氏いるだけで珍しいのに親……いないって、言ってたよな」
「うん……。良くわかんないよねぇ。碁打っててもびっくりするくらい強いときあるし」
「……本当何者だ?」

そんな2人の会話なんて知る由もない私は、侑士とラブコール中なわけで。

「もしもし侑士?今何してる?」
―――「灯ちゃん!今本屋におるわ。どないしたん?」
「今日良かったら家に泊まりに来ない?夜ご飯作るよ」
―――「ほんま!?行くで行くで!今って研修中やんな?迎えに行ってもええか?」
「本当?わざわざいいの?」
―――「おん、待っとってくれる?」
「ん、気を付けてね」

侑士、喜んでたよね。
伊角くんありがとう〜。
よし、今日の対局さっさと終わらせちゃおう。


さて、あれから私は中押し勝ちでさっさと対局を終わらせて、検討はごめんと断ってそそくさとトイレに駆け込んだ。
髪型を直して、メイクも軽く直して、私は侑士が来るのを待った。

「お!セーフセーフ〜!」

なんて言いながら走って来たのは奈瀬と伊角くん。
遅れて和谷。
彼らも侑士見たさに対局を早々に終わらせて、私と合流した。

「どうする?1階で待とうよ!」
「って、なんで奈瀬がしきってんの!私の彼氏!」
「いいじゃんいいじゃん!行こ行こ!」

調子よく私の肩を押してエレベーターに乗る。
待っている間も話題はずっと私の彼氏についてだった。
みんな学生だもんね、囲碁ばっかじゃなくてこういう話もしたいんだね。

「彼氏イケメンなんでしょ〜?」
「あー、うん。かっこいいと思うよ」
「伊角さんよりイケメンなのか!?」
「お、おい和谷〜」
「どうかな。いい勝負かも〜」

私と奈瀬のガールズトークに何故かネタにされる伊角くんと、それにノリノリな和谷。
こうしてると、普通の学生なんだな〜って楽しくなってきてしまう。

「背高いの!?」
「高いよ〜」
「声は?」
「低くて落ち着いてる」
「私服は!?」
「お洒落だよ、なかなか」
「きゃ〜いいな〜」

皆で楽しく喋っていると待っている時間はあっという間で、もうすぐ着く、という侑士からのメールに、私はロビーで待ってるとだけ返した。
それからすぐに、入口から侑士の姿が見えた。

「灯ちゃん。お疲れ様。待たせてもうたなぁ」
「ううん、わざわざありがとう。友達紹介するね」

と振り返ると、そこには呆然とする私のお友達。

「皆、どうしたの?じゃーん、皆が会いたがっていた私の彼氏の忍足侑士くんでーす」
「灯っ!本当にこの人!?やばいっ!イケメン過ぎてびっくりしちゃった!」
「お、俺より年下だよね?」
「俺と同い年…?マジで…??」

伊角くんも和谷も、心ここにあらずだ。

「いつも灯ちゃんがお世話んなってます、忍足侑士です。よろしゅうお願いしますわ」

落ち着いて礼儀正しい侑士に、3人は慌てて畏まる。
そんな彼らを私は侑士に紹介した。

「こちらが良く寄り道一緒にしてる奈瀬明日美ちゃん。ほら、いつもメールくれる子だよ。で、伊角慎一郎くん。高校生なの。1組のトップね。それと、和谷義高くん。同い年だよ」

よろしく、と頭を下げる彼らは未だにぼやぼやとしている。
奈瀬だけは唯一侑士にキラキラと顔を向けていた。

「じゃあ、私達帰るね?また来週〜」
「え、お前、明日の研修は?」
「お休みお休み!行こ、侑士!」

市ヶ谷の駅に向かいながら、私と侑士は明日の予定を話し合う。

「灯ちゃん、明日も院生あるんやろ?」
「たまにはお休みするよ〜。年に1回の侑士の誕生日だもん。侑士の行きたいとこ、何処でもいいから行こう!」
「ん〜せやかて、大事な研修やろ?」
「ダメダメ、もう決めたから!」

階段を降りてホームに降り立つ。
電車に乗って動き出した頃にようやく侑士は折れた。
おおきに、と私のおでこにキスをしてくれた侑士があまりにも格好良くて、周りの女の子皆顔を真っ赤にしていた。
こっちだって恥ずかしいよ。

「侑士、夜ご飯何食べたい?和洋中どれがいい?後はまぁイタリアンでもフレンチでも」
「和食がええなぁ〜」
「和食ね。了解。駅前の三越寄っていこ」
「三越?なんか用あるん?」
「こんな日はいい食材で美味しいもの食べたいじゃない」
「しもた、俺手持ちそこまでないわ〜」
「何言ってんの?私奢るよ!」
「え、そんなん悪いわ」
「誕生日でしょうが。こんな時くらいいいよ」
「うーん……灯ちゃん1度決めたらもう聞かんさかいな〜」
「分かってるじゃん」
「ん、おおきに」
「こら、こんなとこでチュウすんな」
「やって、灯ちゃん可愛すぎるから」
「それもやめて。恥ずかしいから」
「ええやん。ほんまに可愛いもん」

総武線内の皆様ごめんなさい。
しかしこれが私達の日常なのです。
しかし誰もこの会話を中学生とは思わないだろうなぁ。
侑士なんて本当にかっこいいし大人っぽいし。

「ほら、新宿!乗り換えるよ!」

よーし、今日は頑張らなきゃ〜。
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