忍足と囲碁

□第7局
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「灯ちゃん。今日一緒に帰らへん?部活あるけど、俺灯ちゃんとデートしたいねん」

そう教室で周りの目なんて気にせずに言ってくるのはいつもの侑士くん。

「うん、いいよ。デートしましょうね」

私がこうやって返事するのもいつも通りで。
ただ今日は、実は私がマネージャーとして活動する初日だったりする。
跡部くん、私、榊先生以外は本当に誰も何も知らないらしい。
実は、皆が帰った後に私は跡部くんからマネージャーの仕事の説明を受けていた。 それでもちゃんとできるか不安だけれど。
そういえば、あれから(全国大会が終わってから)侑士は私にちゃんと好きって伝える、なんて言っていたけれど、結局何もないままだ。
私だって好きなのに。
早く伝えたい。

さて、私は女子更衣室でジャージに着替え、テニスコートへ向かった。
ちなみにこのジャージは、学校指定の体操服ではなく、テニス部の特注品。跡部くんが事前に私のサイズで作ってくれていた。流石跡部様です、ありがとう。
その跡部様と合流し、パチーン!と指を鳴らすと、テニス部の部員200人を集合させた。

レギュラーは1番手前に横1列、準レギュラーがその後ろ、そのまた後ろに平の部員が整列している。
私はフェンスの陰に隠れていた。

「今日から平日限定でマネージャーが入ることになった。基本的にはレギュラーの世話だが、用があればまず俺を通すように」
「マネージャー?聞いてへんで」
「マネージャーなんて必要かよ、なぁ長太郎」
「本当ですね、宍戸さん」

周りからはマネージャー?と驚く声が多い。
ですよね、私だって最初誘われた時驚いたもん。

「うるせぇ!もし使えなかったらその時考えればいい。入れ 」

歓迎ムードではないな、と思いながらそろりそろりとコートへ入る。

「ええ!?灯ちゃん!?」

1番最初に驚いたのは、やっぱり侑士だった。

「あー神崎と申します。土日は都合が合わないので平日のみとなりますが、精一杯やらせて頂きますのでよろしくお願いします」

拍手なんて起こらないが、その代わりに侑士からの質問攻めが降ってきた。

「灯ちゃん!聞いてへんよ!」
「うん、内緒にしてた」
「いつ決まったん?」
「全国大会の帰り」
「結構前やん。碁の方は大丈夫なん?」
「うん、大丈夫大丈夫」
「そういうことだ。練習を始める!ストレッチ後、1年はフォーム練習、2、3年はトレーニングでそれぞれ分かれろ!レギュラーはコートに入れ!解散!」

みんなマネージャーの存在に疑問を抱きながらも跡部くんの言うことは絶対なのか、何も言わずにそれぞれ練習へ向かった。侑士は相変わらず私から離れようとはしない。

「侑士。ほら、レギュラーはコートだって」
「灯ちゃん、どないなことするん?」
「ドリンク作ったりタオル洗ったり球拾いしたりとかじゃないかな。後は書類作成とか、跡部くんの手伝いとか」
「碁の勉強は?」
「土日は院生に行くし、金曜日の夜は塔矢名人の研究会に誘ってもらってる」
「えっ。それって緒方とか言う奴がおるんとちゃうの」
「まあ、いるけど別に大丈夫だよ」

納得してない侑士は置いて、私は跡部くんの元へ向かった。
もう、大丈夫なのに。

「跡部くん。何すればいい?」
「お前、ラケット扱えるか?」
「軽く打つくらいなら」
「球出しを頼む」
「はいよ」
「待って灯ちゃん。テニスできるん?」
「みんな程上手くないけどできないことないよ」
「俺聞いてへん」
「別に聞かれなかったし。もうー何?練習するよ!ほらほらあっち行って!」

侑士がなんだか過保護なお父さんみたいになってきている。
どうしたのやら。
相変わらず納得してない侑士を放っておいて、私はレギュラーの皆に球出しを始めた。
テニスができると言っても、体が動かしたくて大学でテニスサークルに入っていただけ。上手いとは言われていたけれど、氷帝の皆と比べるときっと試合なんてできない程だ。私にはやっぱり囲碁がお似合いだな。

「次行くよー次ー」
「神崎!ペース上げろ!」
「はいはいっと」

跡部くん、私が初心者だと忘れているくらいに注文が多い。
侑士は私がいることに慣れてきたのかだんだん調子を戻している。

「がっくん!無理矢理飛ばない!届く届く!」
「うえっ。はーい」
「侑士真面目にやって!」
「やっとるて!」

案外楽しいかもしれない。
というか、私からするとテニス部の皆って仲間というより生徒って感じだ。実際一回りくらい違う訳だし。
ついついお姉さんな気持ちでやってしまう。

「灯ちゃん危ないっ!!」
「えっ?」

侑士に呼ばれて気付いた時には、鳳くんのスマッシュが私の足元に落ちていた。
あ。跳ね返ったら私に当たる、なんて一瞬考えたものの考えるより前に体は動いていて。

スパーン!
と、跳ね返ったボールを私はコートの向こうへ打ち返した。

「ちょっと鳳!どこ打ってんのちゃんとコントロールしなさい!」

自分でもわからないくらいだった。
跡部くんなんてらしくもなく呆然としているし、侑士も吃驚しているし、鳳くんは唯一ごめんなさいごめんなさいと謝ってきていた。
私だって吃驚している。鳳くんのあの早いスマッシュ返しちゃうなんて。
これ、あれだな。たまにあるスーパーミラクルな私。
ああもう、こんな時に出なくてもいいのに。
でもこれがいいきっかけになったのか、レギュラーの皆は私を認めてくれて、話しかけてくれたり荷物を運んでいると手伝ってくれたりするようになった。
部活が終わり、私は跡部くんと侑士の3人で部室に残っていた。
因みに侑士は今シャワールームにいるから、跡部くんと2人で話している。

「神崎。部活、今日1日どうだった?」
「楽しかったよ。囲碁ばっかりしてるから体力ないと思われがちだけど、結構大丈夫なんだから」
「そうだな。お前、テニスやってたのか?」

大学のサークルで…とは言えない。
こういう時面倒だな。

「小学校の時にちょこっとだけ。でも、本当にちょっとだから」

へえ、となんとも腑に落ちていないようだがまあいいや。
跡部くんに部誌の書き方を教えてもらい、侑士がシャワールームから出てきたところで解散となった。

「乗ってくか?」

と、跡部くんからいつの日かと同じ問いに、侑士はまた同じように

「デートやからええわ」

と断っていた。
こうして跡部くんと少しずつ関わっていくうちに気付いたけれど、この2人結構仲良いし跡部くんって結構優しい。皆の前だと部長という立場もあるし(跡部くん本人は部長ではなくキングだと思っているだろうけど)どうしても跡部様、というのが抜け切れないみたい。でもこうして2年生というのに部長でいられるのは跡部くんの実力と、リーダーシップと、カリスマ性なのだと感じる。
侑士だってやろうと思えばできるだろうけど、奴はやりたがらない。
まあ目立ちたがり屋の跡部や好きにやってくれという感じなのだろう。

部室を出て侑士にちょっと寄りたいとこがあんねんと言われて着いた場所は。

「……なんで屋上?」

そう、屋上。
いつもお昼休みにお弁当を食べている場所だ。
雨の日は理科講義室ね。
普段は太陽が高く上がって青い空が綺麗で爽やかな印象を受ける場所なのに、今日は違ってた。
夕日が沈んで、昼と夜が混ざり合う紫の空だった。

「ここが、俺らのスタート地点やと思てる」

そう言った侑士はいつになく真剣な顔をして、真っ直ぐに私を見つめてた。
そっか、私達の関係は、ここから始まったんだ。

「全国大会終わったら、話したいことある言うたん、覚えとる?」
「うん」
「俺らな、告白されてばっかなんが鬱陶しくてほんなら神崎さんと付き合おーって、そんなスタートやったやん。好きって気持ちなんてのうてお互いのこともなんも知らへんで始まった関係」
「うん」

試合の時とは違った真剣な表情だ。
真剣だけど、優しさを含んだ、私の大好きな侑士の表情。

「この関係、終わりにしよう」
「えっ…」

え、もしかしてフラれちゃう?
嘘、やばい泣いちゃいそう。

「ああーちゃうちゃう。そんな哀しそうな顔せんで?」

私はぐっと涙を堪えた。

「俺、なんとなくとか、告られんの避けるためとか、そんなんちゃうねん。灯ちゃん。ちゃんと言わせて?」
「…ん」

侑士が、今までで1番優しい顔をした。

「俺、灯ちゃんのことほんまに好きです。大好きやから、隣にいさせてください」
「………はい」

きっと私の顔は真っ赤なんだろうな。
夕日は沈んでしまって、言い訳にできやしない。

「仮染めの関係やったけど、灯ちゃんと恋人っぽいことしたり、手繋いでデートしたり、あ。ディナーデートせなあかんね。キスもして、灯ちゃんのことたくさん知って、俺、ほんまに灯ちゃんに惚れてばっかやねん。これからもっともっと知っていきたいし、もっともっと好きになりたい」
「うん。私もね、とっくに侑士のこと好きになってたよ。ポーカーフェイスなとこも、優しいとこも、陰で努力してるとこも、めんどくさがりなとこも、大好きだよ、侑士」

ん、と小さく返事をして、私達はちゃんと恋人になって初めてキスをした。
侑士の手が、いつもより熱く、大きく感じた。

「帰ろ。ほんまもんの彼女の灯ちゃん」
「はい、帰りましょ。ほんまもんの彼氏の侑士くん」

いつもの屋上が、特別な屋上になった。
空には1番星が輝いていたけれど、私にとっての星は侑士と、碁盤の上だけだよ、なんて思ったりした。

私達は本当に、恋人になった。
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