忍足と囲碁

□第5局
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「次の方、どうぞ」
「失礼します」

私のひとつ前に入って行った男の子が泣きながら出てきた後、最後の順番だった私が呼ばれた。
成程、彼は落ちた訳だ。
私が元々いた世界だと合否は郵送通知だったが、こちらではその場通告らしい。
なかなかシビアだな。
中に入るとまず自己紹介をした。

「私が院生師範の篠田と申します。今日はよろしくね」
「神崎 灯と申します。よろしくお願いします」

碁盤を挟んで正座し、篠田先生と向き合う。

「じゃあまず提出書類からね。棋譜は…ああ、これね」

社会人になってからこんな試験なんて受ける機会がなかったものだから、うわ、学生なんだな私、なんて柄にも無く少しドキドキしてしまう。

「この6目半勝ちの…日吉さんと言うのは?」
「碁会所で知り合ったおじさんです」
「こっちは…え、緒方精次って、まさか…」
「緒方九段です」
「緒方先生のお弟子さんかい?」
「いえ、弟子入りは断られてしまったのでたまに打つ程度です」
「(負けてはいるがこの追い詰めよう…これは凄い。あれ、こっちは負けているな。白も黒も大した打ち方じゃなさそうだが…)こっちは負けているけど、この黒の人は?」
「それは学校の囲碁部の部長です」
「どちらも打ち方が拙い…この白、本当に神崎さん?」
「ああ、それは相手が先輩だったので勝つ訳に行かないと思って、わざと負けました。突然現れた後輩が勝ったりしたら可愛くないし、恥かかせる訳にいかなかったので」
「(わざと…というのか。良くわからないな…)とりあえず打とうか、3子置いて」
「はい」

ここからが本番だ。集中していこう。

「お願いします」
「お願いします」



…………うーん…緒方さん程強くない…かな。これって、負けたら不合格ってことなのかな。そうなら、負ける訳にいかない。
…攻めるか。

パチッ…パチッ…

「(つ、強いな…。3子なんてとてもじゃないがいらなかったかもしれん。神崎 灯…これ程強くて名前すら聞いたことないなんて、一体何者だろう?)………うん、うんうん。結構打てるようだね。申し分ないくらいだよ」

ってことは…?

「神崎 灯さん、合格です」
「っしゃ!ありがとうございます!」

うわー、良かった!
なんかちょっと難しい顔してたから、ダメなのかと思ったー。
侑士に連絡しなきゃ!
部活は終わってるだろうし、あーでも電車乗ってるかも。
何はともあれ、先ずは一歩前進だ。

試験が終わり研修部屋である対局場の使い方や1日の流れ、対戦表の書き方を教えてもらい、解散となった。

「あ、お前さっき緒方先生といた────」

さっき入口ですれ違った男の子達に、声をかけられた。やっぱり院生だったんだ。

「あ。神崎です。えっと…院生受かりました」
「お、やっぱり受験者だったんだ!おめでとう!俺、和谷。中2だ、よろしく」
「よろしく、同い年だね」

同い年がいる!
これが本来の中学生だよね。跡部くんといい侑士といい何かがおかしい。

「俺、伊角っていうんだ。和谷より3つ歳上だけど、タメ口でいいから。みんなそうしてる」

伊角くんか。…侑士と同い年くらいに見えるマジック…。

「和谷くんと、伊角くんか。よろしく」
「なぁ神崎。お前、緒方先生とどういう関係?あの人弟子はとらないって聞いたけど、まさか弟子?それとも、塔矢門下!?」

と、和谷くん。

「え?まさかまさか。たまたま知り合ってたまに打つくらいで、そんなんじゃないよ」
「……」

目を合わせる和谷くんと伊角くん。
納得してない目だな。
まあいい。

「あ!私彼氏待たせてるから、もう行くね!来週からよろしく」

やばっ!侑士待たせてるのに。
せっかく市ヶ谷まで出てきてるんだし、神楽坂とかぶらぶらしたいなー。

急いでいた 私の耳にはもう2人の声は届いてなかった。

「なぁ伊角さん、あいつ、緒方先生とたまに打つって…」
「本当何者だ…?」



「侑士お待たせー!受かったよー!!」
「灯ちゃんおめでとうー!お祝いしようや!お店予約してあんねん。神楽坂で、どや?」
「本当!?嬉しいー!」
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