忍足と囲碁

□第1局
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…さん。


…さん。

神崎さん…


「神崎さん」
「………え…?」
「起きてや。次、移動教室やから、案内するで」

……………誰?
え?ここ何処?

えっと…移動教室か。
そっか、じゃあとりあえず教科書持って移動しなきゃね。


…って、んなことあるかーい!
一先ずここは何処だろう。
うわわ、私ブレザー着てる。
手には「理科2」の文字。
中学生…だろうか。
教科書の後ろには「2‐H 神崎 灯」の文字。
中2ね、了解。
いや了解じゃない。
何もわからない。
それにしてもなんだこれ?
夢か?夢の続き?
中学生になっちゃう夢だというのか。
なんだそれは。
そんなこと望んでいない。
前を歩く男の子。長い髪に丸眼鏡。背が高い。イケメンだ。恐らく隣の席。関西弁だったな。ということはここは関西の何処かの中学校?

「神崎さん」
「…はい」

おっと待ってくれ。まだ状況が理解出来ていないのに話しかけられてしまった。
思わず返事したけれど。

「自分、転校初日に居眠りなんて、ようやるなぁ。とりあえず隣の席っちゅーことで案内任されたけど、気兼ねなくなんでも頼ってや?」
「あー…うん、ありがとう。…えっと…」

それにしてもなんてまあリアルな夢なんだろう。
転校初日ね。オーケー。

「もう名前忘れたん?忍足侑士や。よろしゅう。」

忍足くんね、覚えた覚えた。

「…よろしく」

忍足くんに連れられ着いた場所は理科講義室。
夢だ夢だと考えても、この手足の感覚。
それに私は夢の時は夢だとわかるタイプだ。
これは間違いなく現実そのもの。
うわ、私本当に中学生やり直すのかな?

「あ、席ここやと思うわ。俺はその隣」
「ああ、ありがとう……」

ていうかそもそも、なんでこうなったのかな。
思い出せ自分。思い出すんだ。



朝起きた時はいつも通りだった。
朝ご飯を食べて、用意をして家を出て、いつも通りの電車に乗った。

「今、生物のこのへん授業でやってんねんけど……神崎さん、前の学校でここまでやっとった?」
「え?あー……ううん、やってない、かな……」

会社に着いて、あー今日もダルいなーなんて考えていたのもいつも通りで。
ああそうだ。私のことが気に入らない先輩が自分のミスを私のせいにして、昼休憩もとれないままいつ帰れるのかもわからないまま退社時間なんか遠に過ぎていて、あーもう本当面倒くさい、いいやもうこのまま少し寝ちゃおう、もー何もかも消えてしまえーって……

……え…まさか、これ?
『何もかも消えてしまえ』…これ?
いやいや、消えすぎだよ。
待て待て、なんなら問題増えているよ。
私、25歳だったというのに。

「ほんなら、わからんとこあったらいつでも聞いてや?なるべく力になるで」
「それは……頼もしい。ありがとう……」

毎日お仕事してて、たまに友達と飲みに出かけて、たまに合コンなんか行っちゃって、仕事だって慣れてきて上司にも少しずつ認めてもらえて。
ちょっと退屈で、好きなことをしているわけでもなくただお金をもらって生きていた。
不満がなかった訳じゃない。
やりたいことだってあった。
でもそれを認めてくれる環境がなかったんだ。
親にも友達にも学校の先生からも反対されて、夢を諦めたのを、思い出した。
そうか、これは夢なんかじゃなく、トリップというやつか。
なるほど確かに、何か満たされてはいなかったかもしれない。
これは何かの試練だろうか。
中学生から何かをやり直さなければいけないのだろうか。
なんだろう。
私はこの頃に何を忘れてきたのだろう。
良く、神様は乗り越えられる試練しか与えないというけれど、私は今何の試練を試されているのだろう。
しかも、中学生で。
ええい、とにかくいつまでも嘆いていてもしょうがない。
なんとかなるだろう。
とりあえずわからないことは忍足くんに聞くとして。
いや待て。
何かのドッキリだっていう可能性もある。
目覚めたら突然中学生になっていた神崎はさてどうする!みたいな。
さて、どうする。
仕事してるよりこっちの方がお気楽だ。
よし、乗ってみることにしよう。


こうして25歳独身神崎 灯は、なんちゃら中学校2年生として生きていくことになった。


あ。
まず、ここは何中学校ですかー?
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