ボールを繋げ心を繋げ

□2球目
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♢瑞希の調子上げ戦術


練習がいつもよりかなり早く終わると、及川からの集合がかかる。
いつもなら監督とコーチ、そして主将である及川から一言ずつもらって、その他連絡事項がある人は挙手して話す、という流れだった。
しかし今日は監督から瑞希に目配せされ、瑞希が皆の前に立った。

「白石に話をお願いしている。皆聞いてくれ」

その凛と立つ姿に及川は、ただただ見惚れるばかりだった。

(綺麗……凛々しい……)

「少し長くなると思うので皆さん座ってくださーい。ああ、足も楽にしてください。説教とかじゃないんでリラックスして聞いてほしいです。ああ、岩泉さんみたいにあぐらかいてくれていいですよ」

そう言われてしまっては、と正直疲れが溜まっていた皆は足を崩して楽に座った。
及川は岩泉の隣へと移動して体育座りをして瑞希を見守ることにした。

「何話すんだろね」
「さぁな」

瑞希は予め用意してあったホワイトボードの前に立ち、黒いペンを手に取った。

「まず皆さんに確認ですが、青葉城西高校男子バレー部の目標は、県ベスト4ではなく、全国出場でいいですね?キャプテン」

ホワイトボードの右上に、『目標』と書いた。
可愛らしい字を書くかと思いきや、見た目に似合わず達筆な字だ。
及川は手を上げて答えた。

「はーい、全国制覇でーす」
「了解」

さっき目標と書いた隣に、今度は『全国制覇』と書く。
その次に、少し下の右には『調子が良い人』そして左側に『調子が悪い人』と書いた。

「今日調子が良かった人ー。挙手ー」

と言って手を上げさせて、瑞希はその数を数える。

「では、今日調子が悪かった人ー」

さっき書いたところの下に、それぞれ数を書いた。
及川はこれから何が始まるのかとワクワクしていた。

「さて────」

と皆に振り向いた瑞希は何とも言えない鋭い目をしている。
こういう時の瑞希を、部員は段々と理解していた。
スイッチが、入っていると。

「今日、調子が良かった人悪かった人、割合的には大体3:7ですね。良い人が3割、悪かった人が7割。別に悪い人がダメとかそんなんじゃないです。別にいい。そしてレギュラーで言うなれば大体5:5かな?」

『3:7』『レギュラー 5:5』とホワイトボードに書いていく。
皆はまだ瑞希の言わんとしていることが理解できなかった。

「まあ、今日は普通の練習だったし皆朝学校に来る時から今日は試合だーなんていうモチベーションで来ないことは当然ですね。だから3:7でもまあそんなもんかと思います。でも、普段の練習も試合の時も、調子は良い方が練習の質としてはいいに決まってるよね。ここまでわかる?」

はい、やらうーす、やらちらほら聞こえてきた。
及川は大きく頷いている。
瑞希は皆の相槌を確認するとまた口を開いた。

「皆のマックスが100だとしようか」

『100』と小さく書いた。

「それが調子によりけり、50や30に下がることもあれば、調子が良いと100にも120にもなると思います」

小さな数字をいくつか書いている。
そろそろ及川には瑞希が何を言いたいかがわかってきた。

「例えば前回の烏野戦。1セット目は烏野が調子悪くて難なく取ることができたよね。あの時の青城はキャプテンが抜きだったので50とします。烏野は、5。ちなみに平均値的にも技術的にも、烏野よりも青城の方が断然上だと思ってますよ、あたしは」

『青城 50』『烏野 5』

「しかし烏野が途中から調子を上げてきました。ここで青城50、烏野50。2セット目を取られてしまいましたね」

『青城 50』『烏野 50』

「そして3セット目のラスト、ここでキャプテン及川徹の登場。青城は80になったとします」

『青城 80』『烏野 50』

「怪我で休んでいたキャプテンのサーブは3本目で返されて……」
「いちいち言う!?なんか心に刺さるんですけど!」
「及川うるせぇ!」
「最後、調子を上げた烏野のチビちゃんに取られてここでゲーム終了」

『青城 80』『烏野 100』

「烏野の穴だらけの守備、攻撃の拙さ、それでも調子を上げたあの速攻にはやられてしまいました。これが、基礎能力ではなく、調子の良し悪しだ」

おお、と思わず感嘆を漏らしたのは及川だけではないはず。
監督までもが納得している。
ここまでわかりますかーと、瑞希はこまめに確認を取っていく。

「ではどうすればいいか。簡単な話、調子の良いメンツを試合に出せばいい話。このレギュラーの中の5割を試合に出せばまあまあいいところまでいくでしょう。でもそれが及川さん抜きだったら、岩泉さん抜きだったら、いくら調子マックスでも厳しいと思います。つまり何が言いたいかというと」

瑞希は振り返ってペンでホワイトボードをコンコンと叩いた。

「普段の練習も試合も、全員の調子を最低でもマックスへ持っていけるようにしたいと思います」



及川は、やっぱり瑞希は凄いと思った。


「さて、ここからがいよいよ本題。まず、調子が良い時っていうのはどういう時かということを把握する必要があります。これが1番が大事」

『調子に関わってくること』と真ん中に書いた。

「うーん、なんだと思う?何が調子に関わってくるでしょーか。1年金田一くん」
「えっ。えーっと……き、気分!」
「まあ大前提だね。90点」
「おお、90……!」
「じゃあ〜2年矢巾くん」
「あー……気温、とか?」
「お、いいね〜、85点」
「85……?」

『きおん』『きぶん』などとメモしていく瑞希。

「じゃあ次はー3年岩泉さーん」
「えー、その日食ったもの」
「おお、いいですね、95点。では次、3年花巻さーん」
「んー、瑞希ちゃんがいるかいないか?」
「まあアリでしょう、15点」
「ひっく!!」

『たべもの』『おんなのそんざい』
とメモするとクスクスと笑いが起きている。

「最後に、キャプテンどうぞー」
「えっ、うーん、天気、かな」
「女子か!」

すかさず入った岩泉のボケに皆笑っている。
いい具合にリラックスして聞けているようだ。

「天気か、まあ80点かな」
「よっしゃ!」

『てんき』

「まず、人間にとって体の調子や具合を左右するので大きいものは、この『てんき』と『きおん』。正しく言うなれば、『気圧』ですね」
「きあつ?」
「気圧が急に下がったりすると体がだるくなったり頭痛がしたり、結構左右されている人は多いんじゃないかな。あ、思い当たる人結構いますね。でもこればっかりはどうしようもありません。なるべく他でしっかりカバーすること。じゃあどうするか」

瑞希は赤いペンに持ち直すとある項目を大きく丸で囲った。

「何より大切なのはこの、『たべもの』。何故なら人間は、食べ物で作られているからです」

皆リラックスしているものの、真剣に聞き入っている。
瑞希が、皆に認められようとしている。

「人間の血となり肉となり体の1部になるものは、唯一食べ物だけです。だからこそ皆には食べ物に気を付けてもらいたい。だからと言って食事制限しろという話ではなく、ジュースもお菓子も食べて結構。ただ、調子の良かった日には何を食べたか、これが重要です。ちなみにあたしは炭酸水を飲んでチョコレートを食べるようにしてる。そんな感じでいい」

『何を食べて調子が良かったか』

「なるべく1日何を食べたのかメモをとってもらえれば助かります。そして、これを食べた次の日は調子がいいなとか、これを食べた日はいいなとか、そういったことが体の調子と、気分に繋がってきます。ちなみに食べ物は身体のむくみや脳の活性化にまで影響あるからね」

ただし、と瑞希は付け加えた。

「これは結構面倒だと思います。なので強制はしません。でもやれば確実に調子の上げ方がわかります」

及川が周りを見渡すと、レギュラーの殆どは大きく頷いていた。

「他にわかるものは、体温。毎朝基礎体温を測るのもオススメですね。そして、なるべく調子が良かった日は何を食べて何をしてどんな気分だったか、それをメモするなり覚えておいてください」

『体温、どちらでも』

「他にもホルモンバランスとかもあるんだけどまあ男子にはあまり関係ないかな」
「どうして?」
「女子は生理もあるしホルモンバランスが何度も変化するけど、男子のホルモンバランスは一定だからそんな気にしなくていいと思う」
「成程……」
「それと大切なのは、音楽。何を聴いた時にどれくらい気分が上がったか。体が程よい緊張で、程よいリラックスだったか。そうやって調子が良い日はどんな日だったかを知ります。
サーブ前にどんな行動をしたか、スパイク打つ前のモーションなど。そして、試合の日はその良かった時のリズムを朝から作ってみる。調子が良かった時の朝ご飯、音楽、行動、それをきちんとこなす。それも繰り返し。それが────」

「ルーティン……」

「そう。及川さん正解。ルーティンです。よくプロのスポーツ選手がやっているやつね。レシーブやスパイク、サーブは技術やバネやセンスが問われますが、このルーティンだけは誰でもすぐに実行できて、それでいて効果もわかりやすい。そうやって、変われるんだよ」

誰もが、思ったことだろう。
彼女は、白石瑞希は────凄いものを青城にもたらすだろうと。

「そうやって、強くなることだって1つの手段です」

そうやって、強くしていくんだ、青城を。
あたしにはそれしかないから────。

「そうしてこの『3:7』や『5:5』が『10:0』になれば、相手がどんな強豪だろうと、うちだって強豪だ。勝てる確率はぐんと上がります」

そしてそれが────

「ここの、『全国制覇』に繋がる第1歩」

おお、と声が漏れた。
バレーの練習だけじゃない、勝ち方。
青城には初めてだった。

「ルーティンといえば、及川さんはやってますよね。サーブの前、ボールを額に当てるやつ。ああいうのでもいいんですよ。動作を一連化するってことですね」
(瑞希ちゃんが俺を見てくれてる……!感激!)
「そうやって気持ちを上げる、落ち着かせる、その均衡を保つことが大切です。どの学校もいろんなやり方で勝ちを取りにくるでしょう。うちらはうちらなりのやり方で、勝ちに行きましょう」
「「オース!!!」」

今日1番の返事が響いた。
瑞希の戦術は、まだまだ終わらない。
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