もう一度、君と

□第7局
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「伊角さん。ヒカルの連絡先を、教えてほしい」




そう言って、私は彼にヒカルの携帯の番号とメールアドレスを聞いた。
加賀が停学になって学校に来なくなってから数日。
私は普段だったら彼と過ごしているはずの静かな昼休みに、飲むヨーグルトを飲みながらそのスマホに映し出された彼の名前を見ていた。
進藤、ヒカル……。
加賀家はあれから停学になったことをおじさんには隠すことにしたらしく、加賀は朝通常通りに起きて先に仕事へ向かうおじさんを見送る形をとっているらしい。
そして私のほうは席替えがあり、かの山本とは席が離される運びとなった。
彼はもう目も合わせてくれない。
別にいいけど。
仲の良いクラスメイトは大丈夫?なんて話しかけてくれたけど、あの日から皆の私を見る目は、「コイツにだけはやっぱり喧嘩売るもんじゃない」に変わったと雰囲気で伝わって来る。
月城は反省文書くのを拒否して暴言を吐いたと噂が凄く広がっていたからきっと山本が言いふらしたのだろう。
いや、別にいいけど。
そこを責めるつもりはない。
東大、碁の棋士、やばい奴、この3つが私を表す3大モチーフとなっていた。
飲むヨーグルトを飲み終えてゴミ箱に捨て、移動教室のため廊下を歩いている間も、知らない人が私を見てコソコソ話したり、面識のない下級生がサッと道を空けるまでになってしまった。
あの先輩キレると骨折られるらしいよ、男子ボコボコにしたんだってーえーやばーい、じゃねぇよ。
聞こえてるからな。

「はあ……」

そんなことがあってからすぐに和谷くんから連絡があり、次の集まりは今度は日曜日になったと告げられた。
しかも次は進藤も来るぜと言われてしまっては、私は何が何でもそれまでにヒカルに会っておかなくてはいけなかった。
前に仲良くなった奈瀬にも日曜日行くことを連絡すると、その日は院生の研修が入っているから夕方から遅れて行くと伝えられた。
そして問題はこの進藤ヒカルだ……。
まあでも連絡しないことには始まらないし。
昼間だとどこかで手合いしてる可能性があるし、夜にしようと私は心を決めた。
今日は碁の勉強デーから碁会所の帰りにでも連絡してみよう。
放課後になると加賀が教室に来ない分、私は必ず彼に連絡を入れる。
今日は違う碁会所に行ってみるかと私はスマホで調べてその住所を加賀に送った。
今日はここ、と。
加賀は停学になった今の方が生き生きしているようだった。
将棋の勉強をする時間が好きなようにとれるし、バイトにも行けるし、私のお迎えも行けるし、と。
ということで、今日は8時頃まで打つのでお迎えよろしく〜と送信っ。
そのままお母さんにも、8時半頃帰るよとLINEを送った。


電車で学校から少し離れたところにある碁会所は、アマ有段者のおじさん達がゴロゴロといて佐為は満足そうな顔をしていた。
佐為は1度も負けることなく全戦全勝だった。
それはもう見事に。
こいつの負けるとこなんて見たことないな……。
それこそやっぱり塔矢名人でも持ってこないと佐為を負かすことなんてできないだろう。
ああ、塔矢元、名人か。

碁会所を出ると外はもう真っ暗で、でも風は温かくもう6月になるんだもんな、と考えながら携帯を開いた。
LINEの表示があって開いてみると、加賀から「スマン、バイト長引くから迎え行けねぇ」と入っていた。

《加賀ですか?》
「うん。バイト長引いて迎え来れないって。電車で帰ろっか、佐為」

電車を降りたところで、今日1日ずっと考えていたことを再び頭に戻した。
駅から家までの道を歩きながら私はスマホを開く。
電話帳には、今日何度も確認をした進藤ヒカルの文字。
…………よし、かけるか。

「佐為」
《はい?》
「ヒカルに連絡してみる。出るかはわからないけど」
《……はい》

自分が何度も見ていたその画面を、佐為にずいっと見せた。
すー、はーと深呼吸をしてボタンを押すと、私の周りだけ温度が2度程上がった気がした。
やばい、こないだ(加賀と起こした暴力沙汰での保護者呼び出し)のよりも緊張している。
プルルルル、という何の変哲もない機械音が耳に響いている。
出るかな、出るかな……。





────「もしもし?」

で!出た!!!

「も、もしもし!」

以前棋院とそして北斗杯の会場で聞いたあの声だ。
と言っても電話越しの声と言うのは実は本人の声ではなくその人に似ている声を合わせて近付けただけというのは有名な話ではあるけど。
今それどころではなくて。

「私、前に棋院と北斗杯の会場で会った月城咲です。覚えてますか?」

冷静になれ自分。
落ち着け、大丈夫。
待って佐為、あんたはもっと落ち着いて。

────「えー……ああ!月城さん!覚えてる覚えてる。今年プロ試験受けるんだよな?」

覚えてくれてた良かったー!

「うん、そう。その月城です。突然電話してごめんね。伊角さんから進藤くんの連絡先聞いたの」
────「伊角さんから?伊角さんと友達なの?」
「うーん、まあ友達かな。北斗杯の応援で知り合って、先週は和谷くんちの研究会にも呼んでもらってる」
────「ああ!なんか新しい女子が来てるって和谷言ってたな。どしたの?オレになんか用?」

ふう、良かった、普通にお話できてるし。
佐為は相変わらず落ち着きないけど。
もう座ろう。
ちょうど公園あるし座ってこう。

(佐為おいで)

私は佐為を公園のベンチに誘う。
落ち着こうね。

「あのね進藤くん。次、日曜日の研究会に誘ってもらえて行くつもりなんだけど、進藤くんも来るよね?」
────「行くよ。手合い何も入ってないし」
「あのね、できればその前に君と会って話したいことがある」
────「え……?」
「突然こんなこと言ってびっくりされるとはわかってたんだけど、真剣な話なんだ。でね、できれば2人きりがいいから進藤くんちにお邪魔したいんだけど、可能かな?」
────「ええっ!?え、なんで?何の話?」

そうだよね、そんな反応するよね。
でもこれ以上のベストが見つからない。

「碁の話がしたい。それと、私がプロ試験を受ける理由を聞いてほしくて。話したいことは山程あるけど、まあ全部碁の話だよ。なんなら打とうよ」
────「ああー……うん、いいけど……。オレ、土曜日しか空いてないんだけど大丈夫?」
「うん、土曜日大丈夫。ごめんね、無理承知だとは思ってる。でもどうしても君と話がしたい。電話じゃなくて」
────「うん、打ってくれるんならいいぜ。なんか……」
「うん?」
────「月城さんって初めて会う感じがしないんだよね。良くわかんないんだけどさ」
「…………うん、私もだよ」

なんだか心がほっこりしてた。
あんなに遠くに感じていたヒカルのと佐為の距離が、少しずつ近付いていくようで。
それからヒカルと最寄り駅が近いことを知ったり、まあそりゃ葉瀬中学区だから当たり前なんだけど。
そうだ、会った時に加賀と幼馴染みだってことも言ってやろう。
きっと驚くぞ。
ヒカルは土曜日駅まで迎えに行こうかと言ってくれたけど近くだし、1人で行けるからと彼の家の住所を聞いた。
スマホヘビーユーザー舐めんなよ。
何処へでもコイツが連れてってくれるぜ。
どうやら彼はガラケーらしく、何かあればこの番号にショートメールを送ってもらうことになった。

「それじゃあ、土曜日に。突然の誘いだったのにありがとね」
────「正直びっくりしたけど。いいよ」
「またね」
────「おう、バイバイ」

電話を切って私はすぐに立ち上がった。
早く帰らないと。
お母さんがご飯準備してくれてるし。

「佐為帰ろ。ヒカルに会えるよ」
《……はい。ありがとう、咲》

佐為はどんな気持ちかな。
ドキドキする?
戸惑い?
わくわく?
緊張?
怖い?

《咲…………》

ああ。
嬉しいんだね。

「ようやく私達は歩き出すんだよ。ヒカルとやり直そう、佐為。ちゃんと気持ちをぶつけよう?本当は離れたくなかったよって、楽しかったんだよって、伝えよう……?」

佐為は唇を噛み締めて大きく頷いた。
きっと佐為は、大きく絶望したことだろう。
大好きだった虎次郎が死んで、大好きだったヒカルと離れ離れになって、碁が打てなくなるかもしれなくて。
何度も絶望したことだろう。
でももう大丈夫だよ。
私がついてる。
ヒカルもきっと、佐為を想ってる。
でも人は面倒くさい生き物だからさ、ちゃんと言葉で伝えないといけないんだよね。
私もヒカルに伝えるよ。
佐為と出会わせてくれてありがとうって。
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