もう一度、君と

□第6局
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北斗杯が終わって、私達の生活は再び日常へと戻る。
佐為はプロ試験を控えているし、本当だったら毎日碁の勉強をしたいだろうけど、心の中でごめんねと言いながらそれはなかなかに難しかった。
何故なら私は受験生だからだ。
それも、大学受験。
それも、東大を受けるのだから。
受験を控える身としてまず、周りの大人といろいろな相談をした。
まず、アルバイト先。
店長に碁のプロ試験と東大受験を受けることを話し、私は辞めるつもりでいた。
長く勤めたバイト先を辞めるのは凄く寂しいけれど、正直余裕がないと思っていた。
それでも店長は、どうにかと私を引き留めてくれた。

「咲ちゃん目あてで来てくれているお客さんもいるし、籍だけでも置いておかないか?出られる時だけ出てくれればいいし、試験前には休めばいいし。君ほどこんなに働いてくれている人はいないからさ、頼むよ」

とまあここまで言われてしまえば、じゃあ週1だけなら……と私は承諾することにした。
試験前には勿論休ませてもらうし、お客さんの多い金曜日の夜だけバイトに入ることになった。
次に、私は予備校に通い始めた。
月曜日と火曜日と木曜日の、週に3回。
学校に終わってから夜までみっちり。
なんせ私は勉強が遅れている。
いや、学校での勉強はトップだけれど、東大を受ける中で言うとかなり遅い方だ。
そんな偏差値70以上の大学に受ける人はみんな高校1年の頃から既に受験勉強を始めているときた。
それなのに私は高3の5月から。
周りに受験を舐めていると言われても仕方ないくらいだ。
そういう訳で私は帰りが遅くなる上にバイトの時のようにご飯を食べて帰って来る訳ではないから、お母さんには申し訳ないけど、ご飯を用意して待ってもらっている。

「それくらいなんてことないじゃん!任せなさいっ」

と言ってくれたお母さんに本当頭が上がりません。
週に3回と言っても、予備校の金額は相当なものだ。
年間で考えると100万超えるし、そう考えると金持ちしかいい大学には行けないのかなって思ってしまう。
この辺はお父さんにも感謝です、ありがとう。
予備校中は佐為には申し訳ないけど、ただじっと待ってもらっている。
予備校で周りの席には必死で勉強している人が多い中で週刊碁も本も開けない。
佐為は、

「ちゃんと碁の勉強の日を作ってくれていますから」

いいんです、と言った。
本当は毎日打ちたいよね……ごめんね私があんな啖呵を切ったばかりに。
碁の方は、土日と水曜日。
少しでも時間があればネット碁を打ったり碁会所に行ったりしているけれど、佐為にはそれじゃあ足りない。
佐為の実力に見合った勉強をさせてあげたい……。
できれば研究会とかに行ければいいのだけど。
そうそう、研究会と言えば、加賀が最近プロのなんとか先生って所の研究会に参加しているらしい。
だから部活はあまり行ってなくて、学校、バイト、学校、研究会、という毎日を送っている。
私と遊ぶことも減ったなぁ。
そんな感じで私の1週間は、

(月) 予備校
(火) 予備校
(水) 碁の勉強
(木) 予備校
(金) バイト
(土) 碁の勉強
(日) 碁の勉強

となっている。
これが……華の女子高生の1週間だなんて……。
でもやらないで後悔したくない。
あの時もっとああすれば良かったとか後悔したくないから、私は今を精一杯頑張る。
とりあえず今残っている問題は、

1、研究会に行きたい
2、佐為をもっと強い人と打たせたい
3、ヒカルにいつ打ち明けるか

そうだ、ヒカル……いつ話そうか……。
北斗杯は終わったし、しばらくリーグ戦もないようだったし、今かなぁ。
ヒカルってどこかの研究会に出ているのかな。

(ねぇ佐為…………佐為?)

隣の佐為を見ると、彼はすやすやと可愛らしい顔で眠っていた。
古典の授業だと元気に起きて聞いてるんだけどな……やっぱ英語の授業だと眠いか。
だんだんと気温が高くなってきていて、この高校ももうすぐ衣替えで中間服に変わる。
そういえば佐為と出会ってからもう1ヶ月が過ぎているのに、佐為と一緒にいるようになってからは毎日が騒がしくて、忙しくて、楽しくて、時間があっという間に過ぎていく。
なんとなく勉強して、なんとなくバイトして、夢もなくて、そんな日々だったのに、やりたいことがあって、目標のためにどうすべきかを考えて行動して、常に一緒に笑ったり驚いたりできる人がこんなに傍にいるというのは、少しくすぐったくて、でも楽しい。
私はまだたった1ヶ月しか佐為といないけど、もし佐為がいなくなってしまったらとても寂しい。
そう思うとヒカルはどんなに辛かっただろう。
やっぱり早くヒカルに知らせるべきかな。
でもタイミングが……連絡先くらい聞くべきだった……。
また棋院に行ってたまたま会えるのを待つのは今の私には時間の無駄だ……。
さてどうしたものか。
佐為にも聞いてみるか……。
大きく開けられた窓から入る風に煽られて、佐為の髪が揺れている。
幽霊って風感じるんだ……。
はっ!
そうだ。
幽霊についても調べなきゃいけないんだった……。
なんだかんだやることいっぱいかも。
私は佐為の髪の毛を少し掬った。
佐為は起きない。
なんて綺麗な人なんだろう。
なんてあどけない寝顔なんだろう。
それなのに碁盤を前にするとあんなに人が変わって……いや、あっちが本当の姿かもしれないけど。
キーンコーンとチャイムが鳴り、授業が終わった。
次は……音楽だ。
移動教室だからと、私は佐為を揺すって起こした。

「起きて、佐為。佐ー為ー」

私達の未来は今、希望に満ちていると思う。
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