もう一度、君と

□第4局
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《咲、ここの黒はカカらずにケイマに打つ方がいいでしょう》
「え、そうなの?だってここ厚くしとかないとこっち攻めにくくない?」
《ああ、そういう考えでしたか。それなら黒は右から攻めて白を切断してしまえばいいんです》
「…………成程……」
《咲は頭が良いから読みは上手いし盤上をパッと見た感じで幾つも深読みできてしまうんでしょうが、もう少し定石を覚えた方がいいですよ》
「そうだよね。それ私の悪いクセだ」
《ここの黒は良かったと思います。中央をぶった切ったのは少々ハラハラしましたが、まさかここに繋げるとは思ってませんでした。咲はこういった意外な手をついてくるのが上手いですね》
「本当?好きなんだよ、そういうの。私、いつか初手天元とかしたいよ」
《ええ!?まだまだですからね!大体、この角の戦いなんて無理矢理石を持って行って、無理が過ぎましたよ!》
「うっ…わかってるよ、絶対後から怒られるってわかってたから!」
《さ、もう一局打ちましょ!》
「はいはい。お願いします、師匠」

プロ試験と東大を受けることが決まったと言っても、私は結局勉強する気にはなれずに佐為に碁を教えてもらっていた。
佐為に、私と打ってもつまらないんじゃないかと不安になって聞いたが、流石都で指南をしていただけあって教えるのは好きみたいで快く教えてくれている。
時には、ネット碁を打っていて相手が強かったり面白い手を打ってきた後にはパソコンから碁盤に移動して検討を始めたりする。
そうやって私は前よりも打てるようになってきた。
今はもう4月の終わり。
ゴールデンウィークが近付いていた。
4月の月末には毎年我が家は、墓参りに行くことになっている。
母方の祖父母は2人共亡くなっていて、父の命日である4月の終わりからゴールデンウィークはずっと母の地元である石川県に帰るというのが毎年の過ごし方だった。
5月は1日と2日は大抵学校があるけれど、私は毎年休んでいる。
お母さんもお父さんも、別に休んじゃって帰ろうよ、という感じだ。
私自身皆勤賞とかあまり興味無いからどうでもよかったし、それが当たり前過ぎて何とも思ったことがなかった。
しまった、旅行の間は碁打てないな。
佐為、暇かもしれない。
碁会所に行く余裕はあるだろうから、いつも違う場所で打てると新鮮でいいかもしれない。
大体毎年連休を弄ぶことが多いんだ。
お母さんもお父さんも仕事を休んで何をするでもなくただのんびりだらだらする。
私達家族はそういうのがたまにあるのが結構好きだった。
今回は佐為のために観光でもしてやるか。

「佐為、石川県行ったことある?」

パチッ、パチッと碁石を置きながら私は聞いた。

《石川県…うーん…私、県で言われてもわからないんです。藩だとどちらになりますか?》
「藩〜?あー、加賀藩かな」
《加賀ですか、2度程行きましたよ。虎次郎とは全国回りましたから》
「ああ、虎次郎とね。今度、加賀に行くよ。旅行行くって言ったでしょ?今月の29日から」

佐為の表情がパッと明るくなった。

《加賀に行くんですか!?本当に!?わあ、何年ぶりでしょう……》

相当嬉しいようで、顔に手を当てて嬉しそうにしている。
良かった、旅行好きなのかな。

「何年ぶり…ね。150年ぶりくらいじゃないの?」
《ふふっ、そうですね》
「佐為って旅行好きだったんだね」
《まあ、旅はもともと嫌いじゃありませんけど、何より虎次郎との思い出の地を巡れるというのが嬉しいのです。私も虎次郎も、確かにそこにいましたからね。ヒカルとはそういうことしませんでした》
「………………」
《……咲?》

そうか、そうだったのか。
佐為はもっと自分の過去に触れたいんだ。
前に佐為は、未来のあるヒカルが羨ましいと感じたことがあると言っていた。
だから私はてっきり佐為は未来を見据えていてこれからのことだけを考えていると思っていた。
違う。そうじゃない。
佐為には1000年という時がある。
記憶がある。
私には計り知れない程の想いや回顧が、そこにはある。
私が佐為にしてあげられるのはもっとたくさんあったんだ。

「佐為……思い出巡り、しようか」
《え?思い出巡り、ですか?》
「佐為と虎次郎とヒカルとの思い出の地を巡ろう。ヒカルはまだ生きてるしいくらでも会えるかもしれないけどさ。佐為と虎次郎が確かに生きていた軌跡を、辿ってみない?」
《…………咲……》
「佐為、千年も生きて……はないか、この世にいるんだから、たくさん思い入れとかあるでしょ」
《いいんですか?》
「いいよ、行こう」

佐為がまたふるふると震えながら喜んでいる。
そうそう、こういう表情の佐為は少し幼くてなんだか可愛い。

「どこ回ったか覚えてる?150年も前だと覚えてないか」

私は佐為が指さしたところに白石を打つと、隣の机に向かってペンと紙を出す。
佐為の思い出リスト、と表題に書いてメモを始めた。

《覚えているのはお寺をいくつかと……神社は1箇所だけ行きました。金澤神社だったと思います》
「金澤神社?あるよ、知ってる知ってる。えーっと……兼六園だったかな……南町で降りるんだったかな……」

私は携帯で金澤神社をすぐさま調べる。
バスですぐ行けそうだ。
金沢には電車はあまり走ってなくて、移動は基本的に車かバス。
1人だとバイクもありだし、私は免許を持っているからバイクでもいいけど借りられないからなぁ。
というか佐為がいるから中型じゃないと駄目だな。
佐為なんかバイクに乗せたら驚いちゃいそうだな。
ふふふ、面白そう。

「金澤神社で何したの?お参り?」
《お参りもしましたけど、神主と碁を打ちました。虎次郎は有名でしたから、何処に行くにも碁は付き物でしたよ。寺社を回ったのは全て碁の仕事のためです》
「そっか。私も最近行ってないから、一緒に行ってお参りしようね」
《はいっ》

それからもう一局打って、私達は晩ご飯を食べるためにリビングに降りた。
そこでも話題はやっぱり旅行の話になった。
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