もう一度、君と

□第3局
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「ん?佐為。下行こ。お母さんが呼んでる」

名前を何度か呼ばれた気がして意識を集中させると、それはお母さんの声だった。

「帰って来てたんだ」

下からいい匂いもする。
今日はシチューかな。

「お母さん、おかえり」
「あ、ただいまー」

私の予想通り、お母さんはシチューを作っていた。
シチューと、人参の肉巻き。

「咲、なんか荷物届いてたよ。結構大きい箱」
「大きい……あっ!碁盤っ!!」

やっと届いたんだ!

(佐為っ!碁盤碁盤!)

私は玄関に置かれた大きなダンボールを開け広げる。
新品の真っ更な綺麗な碁盤が届いた。

「おお〜っ!」
《おお〜っ!》

新カヤとは言え、立派な脚付き碁盤。
真新しい木の匂いがなんとも心地いい。

「いいね〜っ!」
《いいね〜っ!》

碁石も欠けてるものなどひとつもなく、ピカピカに輝いていた。

「佐為っ!早速打とう!」

新しい碁盤を目の前にすると、私もなんだかやる気が出てきた。
誰だって新しいもの好きな訳だ。

「咲ーサラダ盛ってー!」
「あ、うん!今行く!」

佐為に後でね、と告げて2人でキッチンへと向かう。

《咲、この箱、ヒカルの家と同じものですね》
「(ん?冷蔵庫?同じなんだ。佐為にとってはパソコンもテレビも冷蔵庫も全部箱なんだね)」

冷蔵庫から大きな銀色のボールを取り出して、その中の野菜を透明なガラス皿に盛り付けた。
ベビーリーフと、ロメインレタスとバジルが入っている。

「お母さん。他には?何か乗っける?」
「んー?好きにしていいよ」

私はいつもツナを乗せたり、時間のある時はゆで卵を作ってマヨネーズと和えて乗せたりすることもある。
今日はバジルが入っていて香りがいいから邪魔しないように何も乗せないで行こう。
佐為は私のやることなすことを新鮮そうにじっと見つめていた。

《咲、凄いですね。料理ができるなんて》
「野菜盛っただけじゃん」
「え?何?」
「ん、なんもない」

サラダをテーブルの真ん中に置いて、箸と小皿を3人分並べる。
お父さんの箸を並べたところで、最近顔を見ていないことを思い出した。

「今日、お父さんは?」

仕事が忙しいのかな。
ここのところ帰りが遅い気がする。

「そろそろ帰って来るんじゃないかな。いつも通りだよ?最近咲ずっと部屋に篭ってるもんね」
「ああ、だから会わないのか」

お父さんじゃない、私が原因だった。

「最近部屋で何してるの?」

お母さんはシチューに味を足しながら、聞いてきた。

「ネット碁してる」
「碁かぁ。あ、それで碁盤ね」
「うん。…………あっ!」

いけないっ!大変なことを思い出したっ!

「お母さんっ!アレ、代引きじゃなかった?お金おろして来ないと今ないんだ!」

そうだ、郵便払込がなかったから代引き指定にしたのに忘れてた。

「あーうん。代引きだったよ」
「ごめんっ、明日お金おろしてくるね!」
「いいよいいよ。買ってあげる」
「え?」
《え?》

お母さんの方へ振り向いても、いつも通りに料理を続ける背中があるだけだった。
肉巻きに塩コショウを振ってから、私の方へと振り返った。

「だから、買ってあげるって。そうだな、ちょっと遅いけど、期末試験学年トップ10入りのお祝いね」
「本当にいいの?」
「いいよ、それくらい」

親と言うのは子供に対してたまにすごく甘くなる。
私はふるふると感動を噛み締めながら、夕飯の用意を再開させる。

「お母さんありがとう〜!」
「テスト終わった後くらい、なんかおねだりしてもいいのに」
「本当に?じゃあ次は中間テスト頑張ろっ」
《咲って結構勉強できるのですね》
「(まあね、嫌いじゃない。頑張ったら頑張った分だけ数字になって返ってくるからね。ヒカルはどうだった?)」
《ヒカルは8点とかとってましたよ》
「(ええっ!ひっど!笑えちゃうね)」

ヒカルは高校に行かなくて正解だわ。
サラダを盛り終わるとドレッシングを3つ程出して、トングを添える。
お母さんがシチューを完成させてから、バットに入っていた肉巻きを焼き始めた。

「咲。塩コショウがいい?たれがいい?」
「たれたれ!」

肉巻きが焼けるまで、私と佐為は玄関で碁盤を眺めている。

「新カヤにしては上出来じゃない?」
《そうですね、触れないのが悔しいです》
「本当だね。私に乗り移ったり出来ないのかな?」
《どうなんでしょう……ヒカルには、絶対するなって言われてました》
「まあ、そのうち考えよう」

すると、ガチャガチャと玄関の扉が開かれる。

「お父さんおかえり」
《おかえりなさい》
「あ、ただいま。咲か、珍しい」

私は久しぶりにお父さんと再開した。
佐為もお父さんに挨拶しているのがなかなか面白い。
お父さんは靴を脱ぐとすぐにネクタイを外して、背広を脱いだ。

「うわ!なんだこれ!碁盤?」
「うん、そう」

2人(3人か?)でダイニングへ向かう。
お母さん同様、お父さんも私が碁盤を買ったことに驚いている。

「碁を指すのか?」
「碁は打つって言うんだよ」
「誰が打つんだ?」
「わたし」
「あ、お父さんおかえりー」
「あ、うん、ただいま」

肉巻きはちょうど焼けたようで、お父さんは手を洗ってうがいをする。
それが終わると冷蔵庫に直行して缶ビールを空けた。

「っぷはー、旨い。で?鉄男は怒らないのか?」

私が碁を打つとなるとみーんなして加賀やら鉄男やらと。
私はどれだけアイツに支配されているんだ。
こら佐為笑ってんじゃねーぞ。

「なーんですぐ鉄男って。アイツは関係ないよ」

珍しい、と今でも目を丸くするお父さんを受け流して、私は自分のご飯をよそいにいった。

「お前、碁強いのか?」

お父さんは私が碁を打つのがそんなに意外なようだ。
まあ確かに、今まで打ったとしても囲碁部の手伝いだけだし、部活だって正式に入部してた訳じゃない。
それなら将棋部に顔を出して将棋指していたことの方が多い。
多分今年の夏の大会も囲碁部として出るんだろうなって思ってはいるけど。
でも、家に碁盤なんて、それも脚付き、と思うのだろう。

「私、碁は鉄男より強いよ。将棋ではボロ負けするけどさ」
《え!咲すごい!》
「凄いな。お前もプロになればいいのに」

ご飯とシチューをよそって、席に着く。
お父さんのはお母さんがちゃんとよそっていた。

「えっ!ならないよ!親なら普通、大学行っていい会社行けって言うもんでしょ」
「別に?」
「えっ?お母さんは?」
「言わない言わない!好きなことすればいいんだよ。人生1度きりだもん」
「そうだよ。俺みたいに平凡な人生生きてないで、人と違ったことするのもいいぞー」

意外だ。あ、いや。
うちの親は昔からこうだった。
好きなことをとことんさせてくれて、だから碁だろうと将棋だろうと好きにやってきていたんだ。
はあ、加賀の担任の佐藤先生に聞かせてやりたい言葉だよ。

「いただきます」

シチューを1口食べたところで碁盤の存在を思い出し、私はいつもより早く夜ご飯を食べた。

《咲!早く!早く打ちましょう!》
「(あ、そうだったそうだった。はいはい)」

いそいそと食器を片すと玄関の碁盤を部屋へ運び込んだ。
せっかく2人いるのに佐為は役立たずだから私は碁盤と碁石で2往復をして、ようやく佐為と向き合った。

「佐為、指導碁ね」
《はいっ。お願いします》
「お願いします」

先番は私。
久しぶりに碁石を持って、右上の星へと打った。
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