もう一度、君と

□第2局
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ネット碁にsaiが復活したと、和谷に言われた。

「そ……そんなワケねーじゃんッ!」
「本当だって!あれは間違いなく、saiだったぜ!」

そんなはずない。
そんなワケないんだ。
saiが消えて1年。
アイツはもういない。
何処を探したっていなかったんだ。
自分はもうじき消えるって言ってたし、本当に消えた。
それは確かに俺の目の前で。

「和谷、それってまた前みたいな偽物じゃないのか?」

という伊角さんの問にも、和谷は首を縦に振らなかった。

「いーや!あれは間違いなくsaiだぜ!秀策まんまの打ち方だったんだから!」
「そんなはずねーだろ!」

オレは咄嗟に声を上げていた。
ダメだ、焦りを隠せない。
だって、saiは消えたんだ。
オレがいないとアイツは打てないのだから。

「なーんでお前がわかるんだよ。あ。なんなら今探してみるか?」

そうして和谷がパソコンを開いた。

今日は和谷のアパートでやっている研究会だ。
今日はオレ、和谷、伊角さん、本田さん、門脇さんの5人が集まった。
門脇さんはプロ試験前に佐為がコテンパンにしちゃってあの後少し気まずかったけど、今では仲良くなれた。
昼からずっと打って、日が暮れ始めたところで休憩していた。
和谷が1人暮らしを始めて1年も経つと、この部屋には脚付きの碁盤が2つ、マグネットの9路盤が2つ置かれるようになった。
そしてやっと、洗濯機と冷蔵庫と電子レンジとテレビが揃って、小さい掃除機は和谷のお母さんが無理矢理置いてった。
といっても和谷はまだまだ何にもできないから、研究会が終わった後にみんなで掃除や片付けをしている。
和谷のアパートってことを時々忘れそうになるぜ。

和谷がこのアパートに2番目に持ってきたものが、このパソコンだった。
勿論、1番目は碁盤と碁石。
そのパソコンを起動して、ネット碁を開く。

「ネット碁のsai……聞いたことあるな……」
「門脇さん。ネット碁やるんですか?」

意外と話を広げたのは、門脇さんだった。

「ネット碁はしないが、ネットサーフィンは良くするんだよ。そこで名前は見たことあるぜそんなに強いのか?」
「強いなんてモンじゃないっすよ!最強ですよ、saiは!だってあの塔矢行洋にも勝ったんですから!」

懐かしいな……。
あの時の碁は素晴らしかった。
でもオレにとっては今でも佐為のことを過去にできないでいる。
こうしてsai(佐為)のことを覚えてくれている人がいるだけで、こんなにも嬉しいなんて。
和谷が“JPN”表記のsaiを探して、伊角さんが電気を付ける。
本田さんがみんなにジュースのお代わりを注いでくれていたけれど、オレはsaiがいるはずないってそればかり考えていた。

「お、いたいた!対局中かー、ちょっと覗いてみるか!」

和谷が、saiを見つけた。

「み、見せて見せて!」

信じられるもんか、佐為がいるならオレに会いに来るはすだろ!
オレが何処で何してるかくらい、アイツはわかるはずだ!
アイツは、佐為は……!
もう、オレのことなんか嫌いになったのかな……。
みんなでパソコンを覗き込んだ。
そこには、イタリア人と対局を始めたばかりの、“sai”の文字。
初手が、右上スミ小目……。
その対局は正しく────そこには確かに、saiがいた。
オレだけじゃない、和谷だってすぐに気付いた。
あれは何年か前に世間を騒がせていたsaiで、あの塔矢行洋に勝ったsaiだと。
打ち筋にブレがない。
容赦もない。
相手につけ込まれる隙がなく、一手一手打たれる度に、勝ち目は全くないのだと思わせられる。
でもそこに追い討ちをかけたのは、門脇さんだった。

「これ……。なあ、進藤。君、saiの弟子かなんかか?」
「え……なんで?」

saiはお前か、と聞かれることには慣れたけど、saiの弟子か、なんて初めてだ。

「ほら、ここ。後……こっちも。進藤の打ち方に良く似ている。それに……俺が初めて君と対局してボロ負けした時と同じ感じがする」
「なっ……!」

佐為と対局したことのある門脇さんにそこまで言われると、オレは今頭にある淡い期待に希望を見い出せずにはいられなくなる。

「え、進藤が佐為の弟子ぃ?」
「進藤、どうなんだよ」

嘘だと思うさ、オレだって。
あのsaiが、いるなんて。

「そ、そんなワケないじゃん……」
「だよなぁー」

今のオレには、そうやって否定するだけで精一杯だった。
佐為がまたこの世にいる?
3人目に取り憑いてる?
そんな夢みたいなこと、あるわけ……。

「お、対局終わったぜ!申し込んでみるか!」

zeldaがsaiに、対局を申し込んだ。
すぐに対局画面に切り替わると、先番はsai。
やっぱり、右上スミ小目に打ってきた。
zelda(和谷)との対局もあっという間に終わった。
佐為だ────俺の中での不確かな希望が、確信へと変わっていく。

「そうだ!saiの奴、俺にはチャットしてきたことあったんだよ!本物ならなんか反応あるかもな!」
「え!?ちょっと、マジで送んの?」

そう言って和谷が、saiにメッセージを送った。

『あなたは本物のsaiですか?』

どうだろ、反応あるかな?なんてワクワクする和谷と、今でも俺を疑う門脇さん、黙ってそれを見守る本田さん、本物ですって言われたところで本当に本物かはわからないだろと冷静な伊角さん。
オレだけが、ドキドキとうるさい心臓と戦っていた。
ピコン、とチャットの返事が来る。

「来たっ!!」


────『強くなりましたね』


涙が出そうになった。
zeldaを和谷だと知っている、佐為の言葉だった。
和谷は自分を覚えてくれていることに凄く喜んでいたし、みんな本物だーなんて言っていたけれどはっきりとはオレの耳には届くことはなかった。
オレは必死に涙が出そうになるのを堪えていた。
saiが、佐為が。
アイツがまた、何処かにいる。
誰かに取り憑いているんだ。
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