忍足と囲碁

□第7局
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9月。

新学期が始まってしばらく経った。
周りの近況で言うと、和谷や伊角くん、奈瀬達はプロ試験の本戦を頑張っている。
侑士は部活を頑張っているし、私はばたばたしていてまだマネージャーをしてないけれど、昨日入部届けを出してきた。
そうそう、こないだがっくんの誕生日だったので、ケーキを作ってあげたらとても喜んでもらえて、すっかりがっくんに懐かれてしまった。
私はというと、今日も和谷に呼び出されて棋院に来ている。
すっげー話とすっげームカつく話がある!とか言ってたけれど、とにかくすっげーことしか伝わってこない。

皆と合流し、棋院の中にあるいつでも誰でも打てる対局室に来た。
平日の夕方だから人は少ない。
和谷が白石も黒石も持っている。
あれ、打つわけではないのかな。

「神崎!ちょっとこの対局見ててくれ!」

と言って和谷が並べ始めたのは、

「えっ?なんでこれを…?」
「これ、saiとcherieって奴の対局だ!俺たまたま見たんだけどさ、あのsaiにこんなに打ち合ってる奴初めて見たぜ!」

まさかの、私(cherie)とsaiとのネット碁対局だった。
やけに観覧数多いなとは思っていたけれど、まさか和谷まで見てたなんて。

「あの対局の次の日、saiもcherieも誰だって大騒ぎになってよ〜」
「あー、えと、うん、そうなんだ」

そうか、あの日の私って、たまにあるスーパー凄い私ver.の碁が打ててたんだ。
確かに、冷静になって見てみると凄い。
自分で言うのもナンだけど。
右下の黒石をこんな風に潰せるなんて思えないし、真ん中のこの白石がこんなに活かせるなんて…うわ、ここ複雑だー。
隠そうとも思ったけれど、後々に面倒になるのも嫌だったから私は和谷に素直に話すことにした。

「ねぇ和谷」
「なんだ?」
「この白石、実は私」
「へぇ〜。……………は?」
「cherieって実は私なんだよね。だから、この対局知ってる。知ってるどころか打ったの私だし。えへへ」
「なにぃぃぃいいい!?!?」
「うるさいうるさい!」
「お前なんでこんな強いんだよ!」
「なんか、たまにあるんだよね。ミラクルみたいな碁が打てちゃう時」

呆然としている和谷の代わりに後ろから聞こえてきた声に、私達は吃驚することになる。

「それ本当か?神崎」
「え?」
「げ!?なんでこんなところに緒方さん?」

そう、まさかの緒方さん。出たな、厄介野郎。

「げ、はないだろ。俺だって棋院に用事なんていくらでもあるさ。それより、お前本当にcherieか?」

…しまった、緒方さんも見ていたのか。

「緒方先生、おはようございます!」

慌てて挨拶をする和谷。
そっか、そうだよね、一応すごい人なんだよね。
私からするとただの厄介な人だけど。
なんせ侑士があれだけ嫌ってしまっているし。

「私がcherieですよ。なんなら侑士が証人です。打ってる時一緒にいたので」
「侑士って誰だ?」

あ、和谷にはまだ紹介してなかったな。奈瀬にもあれから紹介できてないままだ。

「私の彼氏。それより緒方先生、何の用ですか?」
「お前、塔矢名人の研究会に来ないか?名人にもう話はつけてある」
「ええっ!?」

私より和谷の方が驚いている。ちょっと黙ってて。

「私なんかが行っていいんですか?」
「お前、先生がいないと嘆いていただろう。俺が連れて来たい奴がいると言ったら二つ返事で了承されたさ。毎週金曜日の夜だ。迎えに行ってやるよ」

和谷は黙っているけど、いちいち驚いているし、すげぇ、と一言呟いている顔がうるさい。
塔矢名人の研究会か…。凄く興味ある。これから部活が始まるし、時間が減る分もっと密度の高い勉強がしたいと思っていた。
むしろ願ってもない機会だ。

「緒方先生、是非お願いします」

私はもっと力を付けたい。皆も侑士も頑張ってる。私も頑張りたい。

「じゃあ今週の金曜日、18時半頃迎えに行くからな」
「18時半ですね。ありがとうございます」

本当に用事はそれだけだったのか、すぐに緒方さんは帰っていった。
ずっと喋りたそうにしてた和谷が口を開く。

「お前、塔矢名人の研究会に誘われるとかすげーよ!ってことは塔矢アキラとも毎週会うってことか…って、クソー!すげームカつく話を思い出した!」
「何何?忙しい奴だな」
「とりあえず、話したかったすげー話ってのがこのsai対cherie戦。すげームカつく話ってのが、塔矢アキラがsaiに対局を申し込まれてプロ試験初戦をサボって不戦敗したこと!」

サボって不戦敗?

「サボった?saiにどんだけ固執してるの?」
「俺だって良く知らねーけど、1敗くらいどーってことねーってことかよ!ムカつくー!」
「要するに和谷は塔矢アキラが嫌いなんだね」

ガキだなぁ、流石中学生。
塔矢アキラ、どんな人なんだろう。
saiと何か関係があるのかな…。
あ。塔矢名人の研究会に行けば塔矢アキラにも会えるじゃん。
ちょっと話を聞いてみよう。
相当強いって聞いたし、ストイックなんだろうな。
真面目そうとも聞いた。
絶対何かあるんだ。
saiと塔矢アキラは知り合い?
いやでも知り合いならいつでも打てるよね。
謎は深まるばかりだ。



「(神崎って、院生1組下位だよな?でもsaiとやり合っちゃうし、緒方九段に研究会に誘われるし、彼氏いるし………本当何者?謎は深まるばかりだぜ)」
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