忍足と囲碁

□第5局
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7月。
とうとう院生試験の日がやってきた。
良く眠れた。
忘れ物もないはず。
朝ご飯も食べた。
帰りには侑士が迎えに来てくれることになっていて、もうそれだけで嬉しい。
何か勝負服が着たいと思いながらも、特にそういった服を持っていないのでなんとなく気合いが入りそうだったから氷帝の制服で行くことにした。
よし、いざゆかん!

「よう神崎」
「…て、なんであんたがおんねーん!」

な、何故マンションの前に緒方さんがいるの?
いつものスーツにいつもの煙草に、さも当然かのように私の前に立っている。

「お前今日院生試験だろ?迎えに来てやったんだ」
「頼んでませんけど!」
「いいから乗れよ。煙草やるから」
「うっ…」

なんという強引さ。
そして煙草に勝てないのも事実。
この強引さ…やっぱり跡部くんに似ている。
この前初デートした時に侑士が言ってた。
テニス部のみんなで今始まったばかりのあの映画観たいなー観に行こうぜーなんて話していたら、跡部くんがそんなのウチで充分だろとか言って取り寄せてお家のホームシアター(映画館クオリティ)で上映してしまったらしい。他にも武勇伝はたくさんあるんだとか。
ああ…この2人並べてみたいな…。

「緊張してるか?」
「いえ、まったく」
「だろうな」
「心配してくれてるんですか?」
「いいや。どうせお前は受かるさ」

緒方さんはとてもクールに見えて、結構話が尽きない。
気を使ってくれている訳でもなく、なんだかんだ私と合うのかもしれない。
私自身、話していて結構楽しい。
これもなんだかんだ言って応援してくれている…と思いたい。

「棋譜はどうした?俺との対局を書いただろ?」

院生試験には、3局分の棋譜を書いて持って行かなければならない。
ちなみに棋譜というのは碁盤が書かれた紙に対局を手順通りに記した物。これも侑士に教えてあげよう。

「前に緒方さんとして負けたやつを書きました。あれ、置き碁は提出できないんですよ」
「ふん。3子も置かないと勝てないなんてな」
「今でも負けたの根に持ってるんですか?大人気ない」
「そうじゃない」

緒方さんは意外と根に持つ。
前に桑原本因坊にしてやられた時のことをあのジジイ、と愚痴っていた。

「着いたぜ。俺も用事があるから一緒に行こう」
「はい。ありがとうございます」

よし、いよいよだ。
棋院に着き、私は試験会場へ。緒方さんは用事があるらしく、上の階へ向かった。
途中、同い年くらいの男の子達とすれ違い、みんな緒方さんに頭を下げておはようございます!と挨拶しているのを見て、ああ、この人本当に緒方九段なんだと改めて感じた。
あの子達院生かな。

「じゃ、せいぜい頑張るんだな。帰りも送ってってやろうか?」
「結構です。帰りは彼氏が迎えに来てくれるので」
「…ふん」

「おい、あの子院生受験者だよな?緒方先生と知りたいだぜ…」
「何者だろう?まさか塔矢門下?」
「緒方先生に送り迎えさせるなんて、ただ者じゃないよな…」



私達の会話を聞いた恐らく院生の彼らにこんな話をされているなんて、思いもせず、私は試験へ向かった。
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