忍足と囲碁

□第4局
1ページ/3ページ

時は6月も終わり。
あれから私と忍足くん改め侑士は相変わらず仲良くやっている。
変わったことと言えば、私が侑士のお弁当を作って持って行ってること。
放課後は侑士の部活が終わるのを待たずに、私は碁会所巡りをしている。
院生試験までもう日がないから本気で頑張らなければいけない。
そんな中、出逢ってしまったのだ…。
私は、こんな厄介な彼に。


今日はこの辺で探してみよう。
碁会所探しはいつも大体適当に探して入る。
決め方は大概が気分。
なんとなくここにしよーで入る。

「いらっしゃいませ。ここに名前書いてね、先払いよ」

若いお姉さんが受付をしている。珍しい。元々の私の年齢と同じくらいかな。

「はい。あの、ここで1番強い人と対局させてほしいんですけど」

そう言って、いつもはすごいねぇ強いの?なんて言われながら通してもらえるのだけれど。
今日だけは、こんな言い方しなければ良かったのに。

「え!?えっと…今日は丁度プロの先生がいらしてるけど…」
「プロ!?本当ですか?お願いできます?」

ラッキーだ。あわよくば弟子に、なんて最初はそんな軽い考えだった。

「どうしました?」

声をかけてきたのは金髪に眼鏡をかけて白のスーツを着た…これまたイケメンで。

「緒方さん!この子が、1番強い人と対局させてほしいと言ってきてて…」
「ほう。いい威勢だ。いいぜ、こっちで打とうか」

ラッキー!受付のお姉さんにありがとうと一言お礼を言い、私は緒方さん?の後をついていった。
白スーツだけれど、いい人かもしれない。

「名前は?」
「神崎 灯です」
「棋力は?」
「うーん…そこそこ打てると思うんですけど……えっと…緒方さん、でしたっけ」
「ああ。ちなみに九段だ」

九段!こりゃまともにやり合うのは厳しいかもしれない。

「神崎。お前の実力もわからないことだし、互先で打つか」
「あ、はい」




「…ありません」

結果は私の中押し負け。流石に強い。というか容赦ない。指導碁程度に打ってくれるかと思ったら、そんな優しいものじゃなかった。

「指導碁じゃないんかい……」
「ふん。そんなに俺は甘くねぇよ」
「検討お願いしてもいいですか?」
「ここでいきなりツケてきて勝負に出たつもりだろうが俺は乗らない。残念だったな。こっちの返しはなかなか落ち着いていていい。ここはヒラくべきじゃない」
「うーん…成程…」
「お前、結構危ない橋を渡る奴だな。ここはもう少し厚くしてからこっちの切断に入らないと心許ないだろう」
「えー、いけるかと思ったのに」
「素人相手ならそれでもいいが、俺相手じゃ足りねえよ。お前、歳はいくつだ?」
「…中2です」
「アキラの1つ上か。歳の割に落ち着いた打ち方をするな。(もしかしたらアキラよりも打てるかもしれないな…)」

うっ…そりゃあ見た目は子供、頭脳は大人だもの。
アキラ?って誰だろう。

「プロは目指してるのか?」

きた!この話題!

「はい!今度、院生試験を受けるんです。それで、お願いなんですけど、私を弟子に────」
「断る」

…まだ最後まで言ってないんですけど。

「私、先生がいなくて困ってるんです」
「俺は弟子はとらない」
「何故です?」
「面倒だからだ」

そう言って煙草に火を点け、もうこの話は終わりと言わんばかりに煙を吐く緒方さん。
ああ、人が吸ってるのを見ると吸いたくなるな…。

「じゃあ煙草1本ください」
「なっ…!ふざけんな、ガキが吸っていいものじゃない」
「もー。じゃあまず3子置いて勝負しましょ。勝ったら弟子入りですよ」
「ふん…勝ってから言うんだな」


緒方さん、すごく冷静な一手を打ってくるんだけど、私が挑発するとたまに倍返ししてくる辺り、実は大人気ないのかもしれない。
あれから私と緒方さんは何局も打った。

「あ。3子置いて勝った。……弟子入り!」
「ダメだ。今のは俺が甘く打ってやっただけ」
「じゃあもう一度!」

「ほら!3子でまた勝てた!で、し、い、り!!」
「ふん。聞こえんな」
「おい!」

「あー、2子じゃまだ勝てない」
「だから、ここの手。甘いんだよ」
「ここの黒、どうして読めたんですか?」
「なんとなく、お前の性格で右辺へ飛ぶか、こっちは切り捨ててここの白石を取りに来るかの2択に絞っていた」
「くそ〜」

「お2人さん、休憩したら?はい、コーヒー」
「お姉さんありがとうございます」
「市河よ」
「市河さんありがとう」
「ふふ、どういたしまして」
「神崎、学校はどこだ?」
「氷帝学園です」
「氷帝か。もう遅い、家まで送ろう」
「本当ですか?じゃあお言葉に甘えて」

緒方さんは塔矢名人のお弟子さんらしく、塔矢門下の話をしてくれた。塔矢名人…こないだ週刊碁に乗っていたあの人だ。四冠とったとかいう。
それにしても、白のスーツを着ているかと思えば今度は真っ赤なスポーツカー。とんでもない。いや、待てよ。この派手好きさ…どことなく跡部くんに似ている。ふふ、思い出すと笑えてくるな。

「緒方さん、煙草1本ください」
「…たく、1本だけだぞ」

そして緒方さんも跡部くんも、クールなようで実は優しい。こうして火まで点けてくれたし。
緒方さんは私のマンションの前まで送ってくれた。
ありがとうございますと言って降りようとしたところで、がしっと腕を掴まれる。

「どうしました?」
「お前…本当に中2か?」

…どういうことだろう。一瞬すごくドキッとした。

「正真正銘、中2ですよ。なんなら学生証ありますけど」
「いや…いい。神崎…」
「はい?」

緒方さんに掴まれた右手が熱い。このまま一緒にいると本当にバレそうで怖い。バレる訳などないのだけれど、この人には何故か見透かされている気がして。

「…1回抱かせろ」
「……………は?」

な…に…言って…。

「何言ってんだ!帰る!」

中学生相手に!何言ってんだか!25だけど!

「おい神崎!………灯!」

ぴたっと。名前を呼ばれてつい振り向いてしまう。

「進藤ヒカルという男を知っているか?お前より1つ歳下の」
「進藤ヒカル?さあ、聞いたことありません」
「そうか…ならいい」

またな、と言い残し、緒方さんは帰って行った。
まったく、なんなんだあの人は。
碁は容赦なかったり、送ってくれたり抱かせろと言ったり質問してきたり。
進藤ヒカル…氷帝の生徒とかだろうか。明日侑士に聞いてみよう。
今日は結局ラッキーだったのか良くわからない1日だった。
明日になってみてまさかアンラッキーだったなんて、この時の私には思いもしなかった。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ