忍足と囲碁

□第3局
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「ふぅー…」

屋上にて、お昼休みの一服中。コーヒーを飲みながら煙草を吸ってる時が何よりも幸せだ。
昨日あれから院生について調べていたら、こちらの世界にもあることがわかった。
私は、過去にタイムスリップした訳ではない。確実に違う世界に来ている。
氷帝学園なんて知らなかったし。
幼稚園から大学まであるこれだけ大きな学校を知らずに生きて来られるわけはない。
とりあえずドッキリの線も消えた。
ここで生活していきながら、こちらの世界の知識を増やしつつ折り合いをつけていかなければならない。
とりあえず院生に入りたいな。
昨日調べた結果によると、次の院生試験は7月。
今は5月。締切は今月の末日だから、早めに行かないと。
こちらの世界の有名な棋士とか全く知らないし、少し頭に入れておかないといけないな。
…週刊碁でも買うか。

そこまで考えると、昨日みたいに男女の声が聞こえてきた。

「付き合ってください!!」

…まさかね。

「堪忍な。俺、好きな人おるから」

…2連チャンですかい。
忍足くんは相変わらずすごい。忍足くん曰く、跡部なんかより全然マシ、だそうだ。

「神崎さん。また盗み聞きかいな?」
「2日連チャンなんて、すごいねー忍足くんは」

盗み聞きかと問いながらも、女の子が去った後に迷わずこちらに向かって来ている辺り、忍足くんは私がいると分っててやっているな。

「俺かて別にモテたくてモテとるんとちゃうよ。毎度毎度、鬱陶しいくらいやねん」
「ふーん。じゃあ彼女作っちゃえばいいじゃん。あんな可愛い子達から好きって言われてんのに勿体無くない?彼女がいるって分かっていれば言い寄られることもなくなるんじゃない?」
「今はテニスに集中したいねん。女の子と遊んどる暇あったらその分練習したいし…いや、でも……」

忍足くん黙ってしまった。あれ?何かまずいことでも言ったかな。
中2か…私の歳にもなると、結婚のこととか考えるから付き合う付き合わないだのと、結構大事な話になってくる。
でも中学生ならそんなこと気にする必要ないだろうし、何の気なしに言ってしまったけれど。
忍足くん、意外と純情ボーイだったかな。
いや、まさか。

「…そんなら、神崎さんが俺と付き合うてよ」
「………は?」

え?待って待って、なんでそうなる?

「神崎さん、俺のこと嫌いやろか?」
「いや、嫌いじゃないけど…」
「ほんなら好き?」
「うーん…どちらかと言うと好き…かな…?嫌いではないし…」
「ならええやん。神崎さんやったら綺麗やし面倒臭くなさそうやし。付き合う言うても、フリでええから。学校におる時にそれらしくしとってくれれば。…あかんやろか?」

えっと…どうしよう、かな。
まあ、学校にいる時だけならいいか。休日は院生に受かれば会えないだろうけど、忍足くんも部活があるだろうし。
何より…面白そう、だな。
忍足くんという人柄に惹かれているのは事実だし。
ていうか、サラッと綺麗って言われたな。…どこまでが建前でどこからが本音かは分からないけれど。
忍足くんの瞳…綺麗だ。深い。
この瞳に私だけを映してくれるのか、仮染めでも。
…うん、悪くないかな。
私だけを映す忍足くんが見たいかもしれない。

「いいよ」

私の肯定に、忍足くんは一瞬目を見開いて、すぐに笑顔になった。

「ほんま?めっちゃ嬉しいわ」

うわ、忍足くんってこうやって笑えるんだ。格好いいかも。

「忍足くん、普段は部活があって忙しいんだよね。私も碁の勉強があるし、私と忍足くんなら丁度いいかもね」
「せやな。やから普段はあんまりデートとかできひんかもしれんけど、学校では思いっきり恋人らしゅうことして、周りに見せ付けたるで!」

うんうん、楽しいかもしれない。

「それで告白減るといいね」
「ほんまやな。じゃあ俺、今日から神崎さんのモンやから」

私の…忍足くんか。
なんか、そういうの久しぶりだ。
すごく学生っぽい恋愛だなー。

「はいはい。忍足くん、束縛とかはしないよねぇ?私、苦手なんだけど」
「はっは、俺も束縛嫌いやでなあ、それは大丈夫やと思うで?神崎さんのプライベートにどうこう言うつもりはない。俺かてテニスしててああだこうだ言われたないし」
「そっか。案外気が合うかもしれない」
「俺も少し楽しいかもって思ったとこやわ」

なんだ、忍足くんも楽しそうで良かった。
いや、まあ忍足くんから言い出しておいて楽しくなさそうだったら嫌だけど。

「せや。神崎さん、ってのも他人行儀やから、名前で呼んでもええ?」
「いいよ、なんでも」

いや待て。私もともと25歳だしな。忍足くん歳下だよね。呼び捨てはなんか癪だ。

「…灯ちゃんって呼んで」
「灯ちゃん?ん、わかった」

うん、呼び捨てよりこっちの方が可愛い可愛い。

「ほんなら灯ちゃん、今日からよろしゅう」
「ん。よろしく、忍足くん」


きっかけは余りにひょんなことだけれど、何故か忍足くん相手だと、なんでもいいかなと思えて、なんだか楽しくなりそうな気がした。
碁だけじゃない、忍足くんのことも少しずつ知っていかなきゃ。
恋人、かあ。
久しぶりだなあ、そういうの。
仮初でも。
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