忍足と囲碁

□第2局
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次の日。

昼休みになり、あの学食でお昼を過ごす気にはなれず今日はお弁当を持参して屋上へ来てみた。
昨日忍足くんには、屋上にはあまり近付かん方がええよと言われたけれど、ここでしかできないことがある。

「屋上にはあんま近付かん方がええよ」
「え?どうして?」
「いろいろあるでな」
「ふーん」

いろいろ、とはなんだろうか。
不良の溜まり場とか?
お金持ち学校の氷帝でそんなことあるだろうか。

「…ふぅー…」

白い煙と共に息をゆっくり吐き出す。
一服。これが正に一服。
昨日は学校や現実を受け入れられずにバタバタしていたけれど、帰宅してテーブルの上を見て食らいついた。
煙草。それに灰皿。そして携帯用の灰皿まで。
鞄の中を探してもないなと思った!
制服だし買いに行けないし。
ライターは必要ないんだ。
マッチで吸うのがお気に入りだから。
1本目を吸い終わり、お弁当を開く。
食べている途中で、死角になっている向こう側から男女の声が聞こえてきた。

「…だから、付き合ってくださいっ!」

…告白か。
野暮なものを聞いてしまったな。
そっか、中学生だもんね、付き合うだとかキスがどうとか、そういうのに1番興味があるお年頃だよね。
そこで聞こえてきた声に、私はハッとした。

「堪忍なぁ。俺、好きな人おるから。その子以外と付き合う気ないねん」

関西弁。この低くて甘い声。
いつも隣で、次移動やでと教えてくれる、彼だ。
…好きな人いるんだ、意外。
誰も寄せ付けなさそうな雰囲気なのに。

「そっ、か……。でも、ありがとうっ、告白できて、良かった…っ、」
「気持ちは嬉しいで、堪忍な……」

女の子は泣きながら屋上から出て行った。
そりゃそうなるよね。
気持ちは嬉しい、か……。
本当にそんなこと思っているのやら。

「神崎さん」

突然名前を呼ばれてドキッとする。

「盗み聞き?えらい趣味悪いやん」
「後から来たのはそっちでしょう」
「あら。そこは顔を真っ赤にして、そんなんじゃないよ!って必死に否定するとこやで」
「なんでやねん 」
「関西弁上手いやん」
「…もともと産まれは大阪だから」
「ほんま?俺と一緒やん」

…話が反れている。
こいつってば、自分のペースに持って行くのが上手いこと上手いこと。

「近寄らん方がええって言う理由はこれか」
「まあ、これだけでもないけどな」
「忍足くん、好きな人いるんだね、意外」
「ああ、ちゃうちゃう。おらへんよ、そんなん」
「…え?」
「ああやって言うとけば、諦めてもらいやすいやろ。変にやんわり断って期待持たれても困るでな」

やっぱりこいつ、自分が格好いいこともモテることも全部わかっているんだ。

「それさ、私に言っていいの?それ聞いて、私が忍足くん好きですーってなるとは考えないの?」
「…確かに。ほんまやなぁ。なんでやろ。こんな話女の子にしたことないんに、俺。神崎さんならええと思ったからやろか」
「…さいですか」

モテる男はこうやって相手に勘違いさせていくのね。
私も本当に中学生だったらイチコロだったろうか。
25歳だもんなー。そんな簡単にきゅんきゅんする程若くないよ。
まあ確かに、忍足くんといると何故か落ち着くのは認めるけども。
彼自身の落ち着いた雰囲気もあるだろうけれど、それだけじゃない。
全てを包み込む、そんな力があるんだ。
全てを否定している時もあるけれど。
私は煙草を1本取り出しマッチで火を点ける。

「ふぅー…」
「…は?」

あ。しまった。
普段の癖で余りにもナチュラルに吸ってしまった。
今中学生だったんだ。なかなか慣れないなぁ。
忍足くん驚いてるし。いや、その反応間違ってはないけど。

「ごめん、つい癖で普通に吸っちゃった。煙嫌だよね」

慌てて消そうとした私を、忍足くんはそれまた落ち着いて止めてくれた。

「いや、気にせんでええよ。余りに普通に吸いよるもんやから、少し驚いたけど」
「忍足くんといると、なんか落ち着いちゃって、つい吸っちゃった」
「神崎さんって、ピアスしとるし髪も染めとるしおまけに煙草まで吸うし…もしかして不良ってやつなん?」
「え!?違う違う、それは違う!授業真面目に聞いてるじゃん」

危ない、変な誤解されるところだった。

「…真面目…………?」
「え?何か?」
「あ、いや……授業聞いとるようで聞いとらん気がするのは、俺だけかなーと」
「…………だって、授業なんてのは聞かなくたって勉強できるものでしょう。特に中学の勉強なんてのは教科書読んでいればどうにでもなる」
「ほう。もしかして勉強できるタイプなん?」
「私は出来なくて良かったんだけどね。周りがそれを許さなかっただけで」

ふう、と煙を吐き出して、それを携帯灰皿にしまう。
どうやら忍足くんは私のその一連の流れを特に気にする風ではないな。
私は実際にはもう中学過程も高校も大学も出ている訳だから、勉強なんて今更、という理由があるのだけれど、そんなこと知らない忍足くんは私を嫌味な奴と思ったかもしれない。
どうしよ、私今のところ友達忍足くんしかいないよ。
はあ、いろいろと気を付けなきゃいけんなぁ。

「神崎さんって、ほんまは元々言う事キツイ人やろ」
「えっ、なんで?」

しまった、やっぱり嫌な女だと思われたかな。

「まだ会うて少ししか経っとらんけど、神崎さんって結構客観的やし大人っぽいし」
「そうかな」

大人っぽいじゃなくて大人なんだけど。

「それに、どっか冷めた人間みたいやし。人のことどっかで見下しとるよな」
「見下してなんかいないよ。まさか、忍足くんそう感じる?」
「あ、いや、いい意味で。俺は見下されとるなんて感じひんけど」
「見下すにいい意味なんかある…?」
「なんや、うーん、上手く言えへんけど、俺神崎さんのそういうとこ結構嫌いじゃないで?」
「ふーん……褒められてる?けなされてる?」
「くっくっく、褒めてるて」

もしかしたら私は自分が思うよりずっと周りから近寄り難いのかもしれない。
忍足くん、遠回しな忠告ありがとう。
もう少し中学生らしく生きてみようと思います。

「髪……黒くしようかなあ」
「俺は黒髪の女の子の方が好きやで?」
「君の好みは聞いてないよ」
「あら、つれへんなぁ」
「もう少し中学生らしくなろうかと思って」
「ふふ、ほんま神崎さんって変わっとるなぁ。ええんやない?」
「ま、なんでもいいけど。戻ろ、忍足くん」
「ほら、そういうとこがドライやねん」

くっ、しまった。
なかなか難しいな、中学生というのは。
10年ぶりの、中学生だからなぁ。
なんともおかしな日本語だ。
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