ボールを繋げ心を繋げ

□3球目
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男子バレー部新マネージャーこと及川の彼女は意外と上手くやっ
ていて、瑞希ともトラブルを起こすことなくマネージャー業に励んでいる。
ただ1人及川だけは晴れない心を隠すように練習に没頭していた。
もやもやとし過ぎて話題に出すことのできない及川に変わり、松川が瑞希に内心どうなの、と聞きに行っていた。
それでも瑞希は、

「別に。案外雑用やってくれるし、うるさくないし、根本的に悪い人じゃないですし」

だそうで。
そう言われてしまっては松川はもうなんとも言えないし、結局3年生達は様子を見ることにした。
しかし、平気だったのはどうやら瑞希の方だけだったようで、及川とその彼女は日に日にストレスを溜めて行っていたことに、誰も気付いていなかった。

それは突然訪れた。
珍しく、及川と岩泉のコンビネーションが上手く噛み合わない。
それが無意識にもストレスとなっていたし、元々の及川の精神状態も良くなかった。
及川は瑞希のことが好きである。
しかし彼女が部活に来てしまった以上、別れて部内の雰囲気を悪くすることもしたくないし、瑞希のことが好きだからこそ、彼女を部活に取り入れた瑞希にもイラついていた。
正に悪循環である。
────どうにかしねぇとな……
と第一に考えているのは岩泉で、しかし残念なことに自分にはそれを打開できる策が思い付かない。
いつもなら1発ぶん殴って荒療治に出てしまえばなんとかなるのだが、今回ばかりは他人が多く絡み過ぎている。
そういった感じに考え事をしていた岩泉にも、ミスが現れ始める。
及川とのコンビネーションがいよいよ噛み合わなくなった。

「ワリ、」

と岩泉が謝る。

「ごめん岩ちゃん、俺のミスだ」

と及川も謝ったが、今回ばかりは集中していなかった岩泉が悪い。
しかし及川にはそうは思えなかったどころか、今回のミスが及川の引き金を引いてしまった。

「いや、今のはちょっと俺が余所見してた。スマン」
「……そういうのいいって」
「あ?」

及川の異変に、そこで誰もが気が付いた。
しかし止めようとした岩泉よりも先に、及川が声を荒らげてしまった。

「明らか俺のミスなのに、そういうのいいから!……変なフォローしないで」

及川の様子が明らかにおかしい。
息が荒い。
おい、と岩泉が声をかけても及川はそれをあからさまに無視した。

「ゴメン、休憩入れようか。10分休憩!」
「おい!」

岩泉が何度声をかけても聞こえていないかのように及川は体育館の隅へと捌けていく。
そこに1番に駆け寄ったのは岩泉でも瑞希でもなく、及川の彼女だった。

「徹くん!大丈夫?」
「……ああ、うん。平気。大丈夫だから」
「今日ちょっと調子悪そうだね……?もしかして、筋トレキツかった?わたし、白石さんに言ってあげるよ!」
「え?いや、別に大丈夫だよ白石さん、何も間違ったことはしてないし」
「でもやっぱり、辛そうな徹くん見てると心配だし……。そうだ!今日この後気晴らしに寄り道して帰らない?」
「うーん、ゴメン。今はバレーに集中してたいし、この後も自主練したいんだ」

2人のやり取りを、皆が遠巻きに見ていた。外での仕事を終えた瑞希が体育館に入ってきたのも、丁度この時だった。

「ええー、徹くん最近そればっかり!たまにはカフェとか行こうよ!デートすればリフレッシュできてきっと練習にも集中できるかもよ?もうずっと2人でデートしてないじゃん!」
「……ゴメンね、インターハイ近いからさ、」
「徹くんなら大丈夫だよ!凄く頑張ってるもん!ね、じゃあせっかくだし必勝祈願とか行こうよ!」

ヤバイな、と直感で感じ取った岩泉が2人のやり取りを止めさせようと、バレーボールを籠に入れて歩き出した。

「待って」
「なっ……」

ガシッと腕を掴まれて、驚いて振り返ると瑞希が立っていた。
瑞希の視線は2人から外れることはない。
その表情は、笑ってもいなければ怒ってもいなかった。

「ゴメン、そんなことしてる暇があれば俺は練習したい。勝つって、そんな簡単なことじゃないんだよ。今はバレーだけなんだ」

そう言った及川の言葉に、とうとう彼女が泣きながら例のワードをぶつけてしまった。

「私だって徹くんだけだし、徹くんが1番だよ!なんなの!!


私とバレーどっちが大事なの!!!」


とうとう言ってしまったな……。
体育館にいる部員皆の思いがここに来て初めて揃う。
誰もが知っていたのだ。
及川にとってそれが────
“私とバレーどっちが大事なの”
が、禁句であることを。
体育館がしーんとなり過ぎて、誰も言葉を発せずにいる。
そんな中容赦なく斬りこんで来たのは、勿論、メンタルが鋼の瑞希であった。

「うるせぇ」

岩泉には行くなと言った瑞希が、進んで2人の間に入っていく。
話題が話題なだけに、有り得ないメンタルの強さだ。
金田一なんて隅っこで震えている。

「さっきからうるせぇんだよ。バレーに決まってんだろ、アホか」

しかもこのセリフを言ってのける強さよ。
金田一は逆に固まってしまったし、花巻と松川はニヤニヤしている。
国見は「やっぱりな……」と溜め息をついているし、岩泉は呆れている。
及川は怒るでも喜ぶでもなく、ただ驚いていた。
瑞希は周りの空気なんてお構い無しに、及川の彼女にはっきりと言ってのけた。

「お前青城を勝たせる気ないの?デートなんていつでもできんだろーが。でもこのメンツでのバレーは今しか出来ないんだよ。その価値がわかんないなら今すぐ辞めろ」

────言っちゃったよこの子ー!!
そこまで言わなくてもいいのに、と誰もが思った。
でも、でも。
“嬉しい”と心の底から湧き上がって来る気もした。
彼女の作る練習メニューは本当にキツくて、浴びせてくる言葉だって冷たくて、正直怖くて仕方がないのに、さっきの言葉で良くわかる。
きっと自分達以上にこのメンバーやチームのことを理解し、応援してくれているのだと。
言われた当の本人はと言うと、グズグズと泣き出していた。

「わ、わたしはっ、徹くんのことが、ただ好きな、だけなのに……っ、」

その時、及川をただ見ていた岩泉にだけは、彼の様子がはっきりとわかった。
瑞希の言葉で、気持ちが切り替わったことに。

「ごめん」

そうしっかりと体育館に響いた声は、及川の物だった。

「ごめんね、俺気付いたよ。今はバレーだけに集中したいし、今はチームの皆と過ごしたいんだ。……ごめん、もう君とは付き合えない」

及川の言葉に、彼女はまたわあっと泣き出した。
しかし、その彼女に手を差し伸べる者は誰もいない。
涙を拭って顔を上げたかと思うと、その目は瑞希へと向けられていた。

「許さない、白石さん絶対許さないから……!!」
「ちょっ────」

ちょっと、と及川が言いかける。
ちょっと待って白石さんは何も悪くないよ彼女は責めないで、と言いたかったのだろう。
それを遮ったのは紛れもない瑞希本人だった。

「いいよ。別に許されたくてマネージャーやってるんじゃない。許されたいとも思わないし、彼らがバレーちゃんとできるなら、どうでもいいから」

瑞希が、笑ってた。
本当に微かだけれど、少し眉は下がっていたけれど、確かに笑っているように見えた。
瑞希のその言葉を最後に、及川の“元”彼女は体育館から出て行った。
そして、もう二度と部活に来ることも及川に連絡することもなかった。

「さてと────」

どうするかな。
と瑞希は思案する。
雰囲気が悪い。
そりゃあ部活中にこんな修羅場が起きてしまったのだ。
いつもならすぐに「ごめーん!」なんて軽く謝る及川が、今日だけは静かだった。
それ故普段の青城を取り戻せないでいるし、その事にいち早く気付いているのは瑞希と岩泉。
及川が何を考えているのかが、岩泉にすらわからなかった。
そんな中空気を変えたのはやっぱり彼女で────



「グラウンド10周」

え、とどこからともなく声が上がる。
しかも、

「全員な」

と追加される瑞希の声。

「連帯責任。ほら及川さん、元凶でしょう。まとめて」
「あ、はい。うん」

咄嗟に返事をする及川。
しかし1番に出て行って靴を履き替えたのは瑞希だった。

「お前も行くのか?」

と声をかけたのは岩泉。
瑞希は皆に聞こえるような声で返事をした。

「元凶は及川さんだけど、マネージャーに入れたのは私だし。責任はあたしにもあるから、あたしも10周走るよ」

すげぇな、すげぇよな、と納得したのは松川と花巻。
瑞希の誠意は、誰もが認めざるを得ないものだった。
及川は結局走り終わるまで何も話すことはなかった。
 

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