ボールを繋げ心を繋げ

□2球目
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瑞希がマネージャーに入って数日経つと、彼女の化けの皮は完全に剥がれきっていた。
誰が言い始めたのは瑞希には色々な噂や異名が付けられている。
クールビューティ、
普段は無口だけど怒ると怖い、
先生にすぐキレる、
先輩への態度がなっていない、
笑うと結構可愛い、
などなど。
ただ同じ学校に通っている女の子に対する噂だとそんなもんではあるけれど、バレー部員のみが彼女の本性を知っている。
『ちっとも笑わねぇしただ怖いだけ』
これが皆が瑞希に抱いている印象だった。
笑うと可愛い?────ニコリともしないじゃん。
先輩への態度?────いや全くだ。その通りだ。
怒ると怖い?────いやマジで、マジで怖い。
クールビューティ?────確かにそうだけどクール×100くらいつく。
これが入部3日目にして抱かれた印象。
瑞希の方だって本意ではない。
最初こそニコニコしていたし、控えめにしていたけれど、1度本性を見せてしまうともう面倒くさくなってしまった。
それに加えて男社会だと、無意識に自分がそちらに寄っていることがある。
瑞希も例外ではなく、部員達と過ごせば過ごす程口は悪くなっていき、あんな通わそうな女の子が1人体育館にいるだけで部は随分と引き締まっていた。

(うんうん、思い通り……戦力プラス100くらいはなりそうだな)

と控えめな感想の監督とコーチ。
本心で言うと、

(想像以上。味方で良かった。戦力プラス1000だな)

とつくづく感じていた。
瑞希は声が少しハスキーで低めである。
及川を前にして猫なで声で話す普通の女の子と違って、相手が女子だと忘れる程の男前度で話しかけてくる。
確かに顔は可愛い。
可愛いというか、綺麗な顔立ちだ。
それこそ黙っていれば本当に皆が皆振り返る程の。
しかし口を開くとびっくりするくらい媚びてこないしサバサバしている。
例えば及川に対して普通の女子なら、こう。

「おっはよー!元気してる?今日一緒に帰らなーい?」
「おはようございます、及川さん!ぜ、是非ご一緒させてくださいっ!!」

それが瑞希なら、こう。

「おっはよー瑞希ちゃん!元気?今日一緒に帰らなーい?」
「ちわっす。帰りません」
「…………」

及川本人が驚いているのも無理はないが、その及川よりも驚いているのが周りの部員達だった。
岩泉はなんか逆に調子狂うとまで思っているし、花巻と松川は悪くないなんて考えていて、同学年からは少し敬遠されている瑞希でも、後輩からの信頼は厚いようだった。
1年からすると、瑞希は周りが感じている程厳しくないし、結構優しく指導してくれるらしい。
それも凄く丁寧でわかりやすいんだとか。
らしい、というのは3年に対してはその片鱗が少しも見当たらないからだ。

(白石が……優しい?どこが……?)

今日は学年毎に別れて練習を行っていた。
瑞希は全学年をくるくると見てその都度何かアドバイスをしたり、監督に呼ばれればそこの指導に入り、時間が立つと姿を消すのはドリンクやタオルの準備をしに行くからで、きっちりとマネージャーとしての仕事もこなしていた。
瑞希は及川には人1倍厳しい気がする。
特にサーブ練習の時だ。
3年がサーブ練習に入ると瑞希は監督に呼ばれた。
及川と岩泉を見て欲しい、と。
周りの部員は、キタ、と思った。
瑞希が1番厳しくなる時だ。
じゃあまず1本と指示が入り、及川がサーブを打つ。
その次に岩泉が打った。
そしてすぐに瑞希は口を開いた。
キタよ……。

「な、に、が、殺人サーブ?」
「へっ」
「あっ」

バシン!バシン!と床にボールを叩きつける音は、誰もが女子の腕から繰り出されているなんて見るまでわからない。

「そんな威力、コントロールでサーブできたって珍しくもなんともないですよ。殺人サーブなんて笑われますよ」
「いや、殺人サーブって名付けたのは烏野のチビちゃんであって……」
「サーブっつうのはなぁ!!」
「はいっっ!」

バシン、バシン。
ト、ト、ト、キュ、
ダンッ!!

「ひっ……!!」
「うえ……」

バシーン!!!!

「────こうやるんだよ。わかったか」
「はいっ……!」
「…………うす……」

そうして瑞希の青葉城西維新計画はスタートした。


3年のサーブ練の後、瑞希は1年のレシーブ練習のところまでやってきた。
1年には優しい瑞希は、結構人気があるし、「白石先輩の指導だ」と士気を上げる部員も何人かいた。
この数日間、そして今日を含めて、国見は瑞希からの幽かな視線に気付いていた。

(なんか……見られてる気がする……気のせい、気のせいかな……)

でもそれはすぐに意識が薄れる程のものだった。
自分の番が回ってきてレシーブを5本返した頃にはもう忘れる程の。
3年に指導している時は常に目は釣り上がって口も悪く及川は数え切れない程の罵倒を浴びているが、及川が1年の様子を見に来ると瑞希は驚く程に優しかった。

「うん、いいよいいよー。ぽーんっとね、ぽーんっと」
「なっ!」
「金田一もっと力抜いてね〜そんな強いサーブじゃないから」

瑞希ちゃんが優しい!
顔も怖くない!
怒ってない!
及川はいかにも不服ですといった顔で瑞希を見る。
一段落付いた瑞希は及川の様子に気付いた。

「……なんすか」
「瑞希ちゃんが優しい!なんで!俺には厳しいのに!」
「当たり前です」
「えっ、なんで」

ふう、と息を吐いて次に紡ぎ出される言葉を、誰もが密やかに耳をすませていた。
1年生も、自分達には優しいことを自覚している。
その理由を1番に知りたいのはなんだかんだ1年だった。

「後輩っていうのは、先輩が育てなきゃならんのですよ」
「えっ、うん」

何を当たり前なことを────と突っ込もうとした及川を岩泉が制した。
まあ聞け、と。

「例えば青城の1、2年生が弱かったらそれは先輩である3年生の責任ですからね。細かい話が自主練ーとか、アタリ年ハズレ年なんてのもありますけど、結局はそういうこと。及川さんみたいなのが1年で入ってくればそれはスーパールーキーだなんて言われてアタリ年になったとしても、そういうのは関係なしに。でももし今の1年生が今、来年、再来年って強くなったなら、それは先輩の指導の賜物でしょう」
「…………」
「後輩がせいぜいハズレだなんて言われないように先輩はしっかりと育て上げないとダメですよって話。オーケー?」
「う、うん、オーケー」

だからあたしは後輩の指導に力入れてるの、と瑞希は言った。
きっと皆はこの時の瑞希の一言で、彼女への不信感は殆ど払拭したんじゃないかと思う。
先輩後輩間の信頼度は確実に上がったし、後輩は先輩のために、先輩は後輩のために、そうやって言動や行動することが多くなった。
これには監督もコーチも及川ですらも予想外で、技術面以外でここまで良くなるとは誰も思っていなかった。
及川は改めて瑞希の凄さを知った。
横の結束力だけでなく、縦の結束をも固めるだなんて。
しかし瑞希の凄さは留まることを知らない────。
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