縮小槍シリーズ
『私の恋人1/10』




15、くすぐり





最近アーチャーが構ってくれない。原因はつい先日ライダーに借りた一冊の本だ。
普段は知的で落ち着いた彼女が珍しく熱く語っていたため興味本位に見せてもらったら同じく嵌ったらしい。
熱中したら一直線の男は恋人の顔を見る時間を減らし、その内容に没頭していった。
そう、今このときも。

「つまらねえ」

苛々と自分の体サイズの煎餅にガリガリ歯を立てながらランサーは鼻の頭に皺を寄せる。
此処は少年に割り当てられた弓兵(とランサーのドールハウスが置かれた)の部屋だ。
室内は嗅ぎなれた畳と男の匂いに交じり、豊かな茶と香ばしい焼き菓子の香りが柔らかく調和している。
心安らぐ空間。
しかしランサーの機嫌は段々と降下していく。
せっかく二人きりなのに想い人の視線が自分ではなく紙の集合体にだけ一心に向けられているからだ。
茶の準備をしてから数十分、アーチャーは刹那ほどの時間も顔を上げず文字の羅列を目で追っている。
これがランサーにとって面白くない訳が無い。

「アーチャー、早く飲まねえと茶が冷めるぜ」
「ああ」

このやり取りも何度目か。
とっくに暖かな湯気が消えた湯のみに目を向け大きく息を吐く。
齧ってた巨大煎餅(ランサー基準)も食べきってしまった。
やることもなくなってしまい、手持ち無沙汰に机の端に腰掛けぷらぷらと足を揺らす。
どうにかこっちを見てくれないか天井を見上げ、木目を眺めながら考える。
と、一つのアイディアがピンと脳に浮かび出てきた。
無意識に唇の両端が吊りあがり、瞳が細まっていく。
悪戯を決めた猫の顔だ。
気配を薄め、音を立てないように注意して床に下りる。
アーチャーは変わらず文章に視線を落としたままだ。
気付かれていないのを確認し、ゆっくりと忍び寄る。
畳みに座った男の腰元まで近づく。
もう手を伸ばせば届く距離だ。
指に触れるシャツの感触に笑みが広がる。
瞬間、思い切りその裾を捲り上げた。
同時に弓兵の体が跳ねる。
アーチャーが怪訝に見下ろすと、青い頭が服の下に潜り込むところだった。
予想外の出来事に鈍色の瞳が大きく瞬かれる。

「ラ、ランサー?!」

突然の行為に驚きの声が上がる。
途端、脇腹に走った刺激に音が裏返った。
物凄く、くすぐったい。

「こら、ランサー!」

慌てて捕まえようと手を伸ばす。
しかしランサーは特化した素早さで縦横無尽に動き回りなかなか捕えられない。
正直、ゴキブリみたいだ。

「こ、の、はは、ちょ、くすぐった……」

服の下で肌を触られこそばゆくて仕方がない。
刺激に耐え切れず強制的に笑いを零させられ、動きが鈍る。
ランサーもその反応に気を良くしたのか更に動きが活発化した。
くすぐったさが増し、刺激に感覚が高まる。
すると、不意にアーチャーの体に戦慄が走った。

「ひぁっ……!」

喉が絞られ、甘い音が四隅に渡る。
反射的に手で覆うが時遅く、ランサーの動きもその響きに停止した。
重い沈黙が落ちる。
これは、まさか……

「アーチャーさん、もしかして……」
「ば、馬鹿者!このたわけ!さっさと出…ぁっ!」

罵声を聞きながら試しに左胸を引っかいてみれば、またびくりと体を震わせ高い音が口から零れる。
間違いない、この敏感な男は

「感じちまったのか、アーチャー?」

揶揄に表情を歪めればみるみるうちに褐色の肌が色づき紅が散る。
密着した皮膚はしっとりと潤み熱を持った。
狼狽し、羞恥に泳ぐ視線が艶かしい。
珍しい反応に煽られ息を飲む。
当たり前だ、可愛い恋人の姿を見て発情しない訳がない。

「やべえ、今すごいヤりたい」
「っ!」

手の下にある鼓動が早鐘を打っている。
彼も劣情が高まっているのだ。
熱を孕んだ煙水晶が揺れて美しい。
月の光を閉じ込めた宝石のようだとランサーは目を細める。

「アーチャー……」
「や、やりたいと言っても、君はその体だろう。一体何を……」

おろおろと声を震わせながらも紡がれた台詞にうっと息を詰める。
ごもっとも、正論だ。
元の体ならば腰一つ……いや指一本でもこの肢体を躍らせることが可能だが、如何せん色々と足りないものがありすぎる。
太さとか、長さとか、質量とか。
どうしたものか。
喉奥から唸りつつ頭を捻る。
全部が十分の一サイズだからなあ。
ちらり、己の腕を見下ろした。
なんとなしに指を広げたり閉じたりしてみる。
これも元の体の小指にすら満たないだろう。
本当に細くなってしまって……

「はっそうか!」

不意に訪れた考えにランサーの中で雷のような衝撃が駆け抜ける。

「アーチャーあったぞ、この体でしか出来ないことが!」

閃きに興奮したのか、息を荒げて叫びを上げる。
紅い瞳が煌いて星屑のようだ。
あまりにも高い、高すぎるテンション。
一体どんな考えが彼をこんなに熱くさせたのかと、アーチャーは一抹の不安を覚える。
確実にその内容は自分の体の行方に関わるから尚更だ。

「……その体でしか、出来ないこと?」
「おう!」

本当は、聞きたくない。
なんだか嫌な予感がしてたまらないから。
だが、興味はある。
その思考が自分の首を絞めるものだと気付かずに、視線だけで言葉の先を促す。
槍兵の唇が三日月型に歪んだ。

「この体でなら」
「体でなら……?」

クツリと鳴った笑いが男臭い。
無意識に背筋を疼かせ、アーチャーはランサーを見詰める。
ゆるりと二人の目の中で溶けた赤灰色。
三日月が解けた。

「腕をお前のアソコに突っ込んで尿道プレイが出来る!」
「……………………」
「な?」

ああ、傾けられた笑顔が輝かしい。
それはもう、憎たらしいほどに。
もっと具体的に言えば

「ランサー……」
「うん?」

「貴様の穴という穴に針を刺してやろうか」


ランサーがその後アーチャーが読書中只管黙っていたのは言うまでも無い。







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