□最強の人
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 彼女の名前は沢田奈々。専業主婦。一児の母。特技は料理。
 そんな彼女が最近一番気になるのは娘、綱吉に恋人ができたこと、だった。





 その日も平穏な並盛の街。学校帰りの生徒達がちらほらと見え始めた商店街を、奈々は大層機嫌良く歩いていた。
 手には大きく膨らんだ買い物袋。しかしこちらは軽い方で、倍程に重いもう一つは隣を歩く少年が持ってくれていた。
 奈々はチラリと少年を仰ぎ見る。自分よりは背が高い、しかしどちらかといえば、細身の綺麗な顔立ちの少年だ。そして彼が、奈々の可愛い一人娘、綱吉の恋人である雲雀恭弥だった。
 奈々はつい先程、偶然この商店街で雲雀と顔を合わせた。
 あら、こんにちは。などと挨拶しながら、重い荷物をヨイショと抱え直すと、いつでも礼儀正しい娘の彼氏は荷物持ちをかって出てくれたのだ。

 優しい子よねぇ…

 しかも、綺麗で礼儀正しい。そんな少年が娘の彼氏だなんて、母親としては自慢して回りたいくらいだった。今も、自分と雲雀が周囲からどんな風に見られているのかを想像すると顔がにやけてしまうのだ。

 やっぱり親子に見られているわよね。でも、将来的にはそれって間違いじゃないわよね!

 いずれ雲雀と綱吉が結婚すれば、雲雀は奈々の息子になる。当然、将来のことなどまだ分からないが、何となくそうなるのでは…と奈々は漠然と感じていた。
 勿論そこには多大な希望が込められてはいたが…
 他愛のない世間話をしながら、奈々と雲雀が商店街を歩いて行く。その姿は確かに親子のようではあったが、それを目撃した雲雀を良く知る人々の目には、そんなほのぼのとした光景としては映らなかった。

 あの雲雀恭弥に荷物持ちさせている主婦がいるー!?なんて命知らずな!!

 実際にそう叫ぶ者はいなかったが、驚愕と恐怖に彩られた視線が全てを物語っていた。
 雲雀恭弥。奈々にとっては綺麗で優しくて礼儀正しい娘の彼氏。しかし、多くの者にとって彼は、この並盛最強の人物であり、最恐の支配者だった。
 そんなことなど露知らず、奈々はご機嫌で将来の息子との会話を楽しんでいた。

「母さん…と、雲雀さん!?」

 奈々と雲雀が商店街の端まで来た辺りで、声が掛かる。振り向くと、ちょうど脇道から出て来たらしい綱吉と彼女の友人、笹川京子と黒川花がそこにいた。
「あら、ツナ…と京子ちゃんに花ちゃん」
 こんにちはと挨拶をしてくる京子と花に、こんにちはと挨拶を返す。奈々自身、彼女達とは仲が良い。
 その間にパタパタと駆け寄って来る綱吉。その手の中の紙袋を見て、奈々はああ、と納得する。
 いつもは雲雀と下校することが多い綱吉だが、今日は友達と約束があった。この近くに、可愛い物が多いと若い子に評判な下着屋さんがあり、そこで今日限定のセールをやっているのだ。奈々はそのことを思い出し、ほくそ笑む。

 ちょっと前までは私が買ってきた物を適当に着けていたこの子がねぇ…

 訳あって名前同様男の子のように育ててしまった奈々は、娘の身だしなみへの無頓着さを気にしていた。なので、ここ最近の綱吉の変化は母親として、とても嬉しいことだ。
 側までやって来た綱吉は、奈々が自分の手元を見てニコニコと笑うのにハッとした。顔を赤らめ、慌てて紙袋を鞄に押し込む。
「か、母さんっなんで雲雀さんと一緒なんだよ!あ、しかも荷物まで持たせてる!」
 自分の母親と彼氏のツーショットというものは、娘としても色々複雑なのだろう。しかも荷物持ちまでさせているなど、とんでもないことだった。
「すみませんっすみません雲雀さん!あの、俺が持ちますから…」
「いいよ。僕が持つって言い出したんだし、綱吉には重いから」
「でも…」
「あら、じゃあコレ」
 それでも雲雀に荷物持ちをさせては悪いと戸惑う綱吉の目の前に、奈々は自分が持っていた荷物を掲げて見せる。
「持っていって」
 にこやかな笑顔で、自分の荷物を娘に持たせようとする母に綱吉は呆れた。
「母さん…」
「母さんね、ちょっと他に用を思い出しちゃったの。だから、コレ持って雲雀君と先に帰って」
 ね?とお願いされれば、嫌と言う訳にもいかない。プチプチと文句を言う娘に荷物を渡し、奈々は雲雀にごめんなさいねと後を頼んだ。
「じゃあ雲雀君。ツナと荷物をお願いね。ああ、お礼に晩御飯をご馳走するわ。食べていってくれるかしら?」
 お礼とは言っているが、実際は二人を少しでも長く一緒に居させてやりたいと思う親心からだった。
「ご迷惑でなければ…」
「あら、全然迷惑じゃないわよ〜。ね、ツナ」
 綱吉に振れば、頬を淡く染めてコクコクと頷く。
「じゃあ決まりね!」
 奈々が嬉しそうに、パチリと手を合わせた。

 友人二人とじゃあまた明日…と別れ、綱吉は雲雀と並んで歩いて行く。
「ああしてるとまるで若い夫婦みたいよね」
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