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□好きという言葉
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「ヒィィィ!おお、降ろして〜!!」
三時限目の授業中、本来生徒はいない筈の静かな廊下に、少女の悲鳴が響き渡った。
「ひ、雲雀さん!お、降ろし…」
「うるさい」
「うぐ…」
不機嫌さを露わに一蹴され、少女、沢田綱吉は言葉を詰まらせる。逆らえない。何故なら相手はこの並盛を支配する少年、雲雀恭弥だ。
その雲雀に、綱吉は担がれていた。抱き上げられているのではなく、荷物でも運ぶように肩に担ぎ上げられている。何故こんなことになったのか、綱吉にもよく解らない。
突然授業中の教室に現れた雲雀は、唖然とする教師とクラスメートの注目の中、綱吉を担ぎ、無言で教室を後にした。
そのあまりにも唐突な出来事に、リアクションを起こせないでいた自称右腕の獄寺隼人は、数秒遅れで教室を飛び出すと、怒号とともにダイナマイトを投げつける。しかし、それでは綱吉にも被害が及ぶと彼が気付き、後悔したときには雲雀によってダイナマイトは打ち返されていた。
返ってきたダイナマイトは、獄寺のほぼ真上で爆発した。煙のせいで、綱吉は彼がどうなってしまったのかは分からなかった。心配ではあったが、雲雀は降ろしてくれそうにない。
爆発自体は思ったよりも、小規模だったため、きっと大丈夫だと自分に言い聞かせ、綱吉は改めて今の状況を考えてみる。
雲雀が向かっているのは恐らく応接室。雲雀の自室同然となっているそこに、綱吉はここ最近、頻繁に連れ込まれていた。
何をされるのかも解っている。
いやらしいことをされるのだ。色んなところを触られて、もっと凄いことだってされてしまうのだ。自分の体で雲雀が触っていないところなどないのではなかろうか…そんなことを考えてしまい、綱吉は顔を赤くする。
実のところ、雲雀に触れられることは嫌いではない。恥ずかしくはあるのだが、本当に嫌ならば、いくら相手が並盛の暴君であっても全力で抵抗していただろう。
好き…なのだとは思う…でも付き合ってるわけじゃないし…そういえば前に好きでもない人間にこんなコトしないって言われたけどあれって、どういう風にとっていいのかイマイチ分からないし…
しかも今、荷物のように担がれているこの状況。やはり雲雀にとって、自分は欲望のはけ口でしかなかったのでは?と綱吉の気分は沈み込む。
そんな彼女の心も知らず、雲雀は相変わらずの不機嫌さで無言のまま足を進めて行った。
ただし、彼が向かう先は応接室ではなかったが…
保健室というプレートを掲げたそこに、居るはずの人物はいなかった。保健医のシャマルはどこかで女の子でも追い回しているのだろう。しかし、今の綱吉にはどうでもよいことだ。
降ろされたベッドで、綱吉は雲雀を見上げる。羽織っていた学ランを脱ぎ捨てた雲雀に押し倒されていた。
「ひ、雲雀さ…あの…」
いつもならば、こういうときの雲雀は機嫌良い。その笑顔に結局色々許してしまうのだが、今は相変わらず眉間にシワを寄せ、不機嫌全開だった。それが怖くて悲しくて、覆い被さって来る雲雀にギュッと目を瞑った。
最近、大分成長した柔らかな胸に雲雀は顔を埋める。細く、力を込めれば折れてしまいそうな腰を引き寄せ、抱き締めた。
いつもと違う雲雀にこれからどんなことをされるのか、不安でいっぱいな綱吉だったが、雲雀はそれ以上何もしてこなかった。
「雲雀さん?」
そっと、自分を抱き締める手に触れてみて、綱吉はある異変に気付いた。
「ちょ…雲雀さん、熱くないですか!?」
慌てて胸に埋まっている顔に手を差し込み、額に当てる。
案の定、かなり熱がある。少し手に触れただけで分かるのだから、かなり高いのだろう。
「熱、熱ありますよ、雲雀さん!俺、シャマルを呼んできますから…」
「あんなの要らない。だいたいアレは男は診ないんでしょう」
「う…それは…」
あの変態保健医は確かに男は診ないと、堂々と公言して憚らない。
「じゃあ、草壁さんを…」
雲雀の有能な部下を思い出す。オロオロとしているだけの自分とは違い、彼ならば何とかしてくれるだろう。
「要らない。それに彼は所用で今は学校にいない」
「ええ!?そんな…」
頼みの綱が不在とあっては仕方がない。とりあえず、氷枕でも作った方が良いのだろうが、雲雀はガッチリと綱吉を抱き締めて離さなかった。
「ひ、雲雀さん、とにかくお布団をちゃんと掛けましょう。あったかくしないと…」
「…らない」
「へ?」
「君とこうしていれば治る。だから、他は何も要らない」
ドキリとした。自分といれば治るなど、そんなものは根拠のない理屈なのに、綱吉は嬉しいと思ってしまった。
胸の鼓動が早くなる。それを聞かれるのが恥ずかしくて雲雀を見れば、静かな、しかし少し苦しげな寝息を立てていた。やはり体調が悪かったらしい。