□噂のふたり
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 此処、並盛では風紀委員長に関する噂は山ほどある。血なまぐさいその殆どが、単なる噂ではなく事実であることが多い。
 しかし新たに囁かれ始めたこれは、事実とは違っていた。
 彼らしいと言えば彼らしく、らしくないと言えばらしくないそれは…

 雲雀恭弥が一年の沢田綱吉を襲っていた。

 というものだった。





「なぁ!?」
 親友である黒川花からその噂を聞いた綱吉は、口をあんぐりと開ける。
「え、ちょ…なんだソレー!?」
 もうひとりの親友、笹川京子がもしかして、と綱吉から聞いたその時のことを思い出した。
「アレじゃないかな…ほら、一ヶ月前にツナ君廊下で雲雀さんに…」

 一ヶ月前、確かに綱吉は雲雀に廊下で突然抱きしめられた。そして幼い頃に髪を切ってしまったことへの謝罪と、ずっと好きだよと告白されたのだ。

 今でも思い出すと顔が赤らむあの時、確かにいきなり抱き寄せられたのだが、綱吉は首を傾げた。
「でも、襲われてなんかいないよ?」
「端からはそう見えたんじゃない?雲雀って普段がああだから」
「むう、そりゃそうなんだけどさ…」
 花の言うとおり、勘違いされてもおかしくはない。
 もし、そうだとしても疑問は残る。
「でもさ、なんで一ヶ月も経った今さらそんな噂が起ったんだろ?」
「それもそうだよね…」
 京子も一緒に首を捻る。
「目撃した時は怖くて誰にも言わなかったけど、最近ポロッと口が滑った…とか?」
 花の予想に、気にはなるがまあそんなところかな、と綱吉は自分を納得させる。それよりもやはり気になるのは噂の内容そのものだ。
「そんなに襲われてたように見えたかなー?」
 それはそれで不本意だと、綱吉は口を尖らせ呟いた。





 応接室。
 生徒達の大半が避けて通るこの部屋で、雲雀は副委員長である草壁からの定時報告を聞いていた。大方はいつもとほぼ同じ内容。が、最後に草壁は例の噂についてを報告する。
「ふぅん…僕が綱吉をねえ…」
 襲う?
 雲雀はフンッと鼻を鳴らす。
「放っておかれますか?」
 いつもならばそうする。個人名がはっきりと出ている為、綱吉への影響は気にはなるものの、この手のものは下手につつくより、放っておいて自然に沈静化するのを待った方が早い。
 しかし、と雲雀は暫し考え込み、そして静かに雲雀の言葉を待つ草壁に命を下した。

「噂の出所を探れ」

 その言葉を受け、草壁は一礼し退出する。
 雲雀は彼が出て行ったその扉を厳しい顔で見つめ、呟く。

「杞憂で、終わると良いけどね…」

 グラウンドで騒ぐ生徒達の笑い声が、遠く響いていた。





「あの…さ。だ、大丈夫…なの?沢田…」
「はい?」
 朝、いつものように登校し、途中で会った京子と談笑しながら教室に入った綱吉に、数名の女子が遠慮がちに近づいてきた。そして大丈夫かと聞く。綱吉はなんのことか解らずに首を傾げたが、すぐに噂のことだと思い当たる。
「ちが、違うんだ。襲われたっていうのは誤解で…」
「え?私…雲雀さんに…その…ストーキングされてるって聞いたけど…」
「は?すと?…………」
 一瞬、言葉の意味が解らない。それは雲雀恭弥という人間からあまりにもかけ離れた単語だったからだ。
 ゆっくりと言葉の意味を呑み込み、理解する。その瞬間、綱吉は叫んでいた。

「はあああああ!?なんだそれ!!」

 その声は教室どころか廊下にまで響き渡った。





 その後、雲雀のストーカー疑惑を必死に否定した綱吉は、その足で応接室へと向かう。
 ノックもせずに扉を開けて、ソファーに座っていた雲雀に涙目で訴えた。

「大変です!恭弥君がストーカーにされちゃってます!!」

 目にいっぱいの涙を溜めて、怒りにふるふると震えるその姿は大変可愛らしく、雲雀は立ち上がり抱きしめた。
「ふえ…きょ、恭弥君!?」
 突然のことにジタバタと暴れる綱吉だったが、雲雀の力には当然勝てずにすっぽりと腕の中に収まってしまう。耳元でクスクスと笑う雲雀の声に心臓が大きく跳ねて、顔が熱くなるのが分かった。
 雲雀と付き合い始めて一ヶ月、いまだにこういったことに綱吉は慣れない。
「大丈夫。綱吉はあんな噂気にしなくていい」
「恭弥君、知って…」
「うん、今草壁から聞いた」
 雲雀の視線が動く。それに綱吉も合わせ、その先を見た。
 そこには所在無げに草壁が立っていた。視線はあさっての方向だ。

「う、うわあ!?」

 人が居たことに驚いて、慌てて雲雀を引き剥がそうとするが逆に更に強く抱きしめられてしまった。
「むーむー」
 綱吉の言葉にならない抗議を腕の中に閉じ込めて、雲雀は草壁に話の続きを促した。
「は、噂の発生源ですが、まだ特定できていません」
「まだ?」
 未だに特定できていないことに僅かな苛立ちを見せる雲雀に、草壁は深々と頭を下げる。
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