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□間違いだらけのバレンタイン
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 登校直後の朝の教室。教科書を出すためにバックを開けた瞬間、沢田綱吉は固まった。ここにあるはずのない物がそこにある。それは綺麗にラッピングされた箱だ。いや、それがあること自体は不思議ではない。その中身はチョコレートであり、今日は二月十四日、バレンタインデー。同じようにチョコレートを持って来ている女子は多いだろう。しかしながら、綱吉にはそれを持って来た覚えがない。まったくないのだ。

 リボーンか!!

 超直感を使うまでもなく、姿だけは可愛らしい赤ん坊の極悪スパルタ家庭教師の仕業に違いないと綱吉は確信する。
 そもそも、このチョコレート。昨日友人達とノリで作っただけの代物だった。
 始めはみんなに配る友チョコを作っていたのだが、買い込み過ぎたのか材料がかなり余ってしまった。ラッピング素材も本命チョコを作っていた同居人がたくさん所持していたので、じゃあ、後学のためにも本命チョコ作りを体験してみようということになったのだ。
 チョコをハート型にしてみたり、文字を入れてみたり。最後は各々好きな包装紙とリボンで飾って出来上がり。誰に渡すなんてまったく考えず、ただ作る過程を楽しんだチョコレートだった。
 貰われる予定のない本命チョコだが、贈りたい相手ができるまでとっておくわけにもいかない。綱吉は明日家族みんなで食べようと、それを机の引き出しに仕舞った。
 それを何故リボーンがバックに入れたのだろうか。修行の一環のつもりなのか、はたまた単なるお遊びか。綱吉は両方だと思っている。
 どちらにせよ、これは見なかったことにした方が無難だろう。このまま家に持って帰れば何もなかったことになる。
 綱吉はそっとバックの口を閉めようとしたが、彼女の家庭教師はそれもお見通しだった。
「あらぁ!?」
 後ろから、妙にかん高い作り声がした。
「沢田さんったら、ずいぶんと気合いの入ったチョコね!本命チョコかしら〜?」
「なっ…」
 綱吉は勢い良く振り返る。周囲にも聞こえるように、わざと大きな声で喋るその人物はやはりリボーンだった。といっても、服装はいつものダークスーツではない。並盛中女子の制服だ。頭にもご自慢ボルサリーノではなく、ツインテールのカツラを被っている。
「リボーン!お前っ…」
「あら、リボ美よ〜」
「いやいや、リボーンだろ!!」
 綱吉にとってはリボーンにしか見えない変装だが、困ったことに周囲には普通の女の子に見えるらしい。本命チョコを信じた女子達が集まって来てしまった。
「なになに?沢田さん、誰かに渡すの?」
「え!?誰に?」
「あ、ホントだ。すごく気合い入ったチョコだね」
 あっという間に数名の女子に囲まれてしまう。好奇心旺盛な彼女達にとって、恋の話は何よりのご馳走だ。
「え…いや、これはその、間違って持ってきただけで…」
 綱吉は慌てて否定するが、リボーンはそれを許さなかった。
「あ、ごめ〜ん。こんなとこで訊かれても恥ずかしいよね〜。分かった。間違えたってことにしておくね!」
「…なっ!」
 綱吉は絶句する。そんな風に言われては、この先どんなに否定しても恥ずかしいが故の照れ隠しとしか思われないではないか。
 何とかしなければと、綱吉は普段あまり使わない頭脳をフル回転させるが、遅かったようだ。集まっていた女子達はそれで納得してしまった。
「あ、そうだよね。ごめん沢田さん。騒いじゃって」
「うん。ホントにごめんね。でも良かったらどうなったのかこっそり聞かせてね」
「へ?いや、ちょっ…まっ…」
 綱吉が誰かに本命チョコをあげるのだと思い込んで疑わない女子達は、来たときと同じ素早さで離れていってしまう。諸悪の根源であるリボーンも、いつの間にか消えていた。

 リボーンの奴〜!

 悔しがっても、もう遅い。この後、綱吉が誰かに本命チョコをあげるのだという噂は瞬く間に広がってしまうのだった。





 噂の弊害はすぐに現れた。それは次の休み時間。綱吉は校舎裏で、女子の集団に睨まれていた。
「じゃあ、本っっっ当に、獄寺君と山本君にじゃないのね?」
「はい、違います!本っっっ当に違います!!」
 コクコクと何度も頷く綱吉に不信の目を向ける彼女達は、獄寺隼人、山本武のファンクラブの者達だ。綱吉の友人である獄寺と山本は、とても女子にモテる。ファンクラブができてしまうほどモテる。そんな彼女達にとって、綱吉は目の上のたんこぶ的な存在だった。最近ようやく友人として認知されてきたのだが、綱吉がチョコを渡す相手がどちらかなのではと不安になったのだろう。こうして呼び出されるハメになってしまった。
「じゃあ、誰にあげるの?」
「え?あの…」
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