◇◇◇

□郵便受けのプレゼント
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 家の中から暖かな光と賑やかな笑い声が聞こえてくる。それは彼にとって壁だった。拒絶されているわけではない。受け入れれば壁ではなくなる。気に入らなければ壊すこともできた。
 しかし、甘受も破壊も選ばず、彼は一つ息を吐くと手の中の物に目を移す。それは、リボンの飾りが付いた小さな包み。ほんの僅かな迷いの後、彼は包みを郵便受けに入れた。
 家の中の笑い声が止み、変わりに歌が聞こえてくる。誕生日に歌われる有名な曲を背に、彼はその場を後にした。





 十月十五日。並盛中学校は今日も平和な朝を迎えていた。
「おはよー、花」
「おはよ、京子」
 笹川京子と黒川花は、教室に向かう廊下で出会い、挨拶を交わす。
「昨日は楽しかったね」
「まあね。ガキンチョ共がいなかったらもっと良かったんだけど…」
 昨日は彼女達の友人である沢田綱吉の誕生日だった。沢田家で開かれたささやかなパーティーに参加した二人だが、あの家には花が苦手とする小さな子供がいるのだ。
「もう、花ってば…みんなあんなに可愛いのに…」
 と言っても駄目なものは駄目なのだろう。子供好きな京子は苦笑するしかない。
 そんな話をしているうちに教室へと着く。中に入ると半分近くの生徒が登校しており、教室は賑やかだった。授業開始にはまだ時間があるため、京子と花も机に荷物を置いておしゃべりの続きを始める。
「そういえば、京子のお兄さんの出し物は笑ったわ〜」
「ああっ、それを言わないで!恥ずかしかったんだから…お兄ちゃんったらもう…」
 話題は相変わらず昨日のことだ。パーティーの余興に隠し芸大会を行ったのだが、その時の兄の痴態を思い出して京子はいたたまれなくなる。大抵の物事は笑って受け流せる彼女も、兄の突飛な行動には困るらしい。
「おはよー、あれ?京子ちゃんどうしたの?」
 羞恥で赤くなった京子に声をかけたのは、昨日のパーティーの主役、綱吉だった。
「う、ううん、何でもないよ。おはよーツナちゃん…あれ?」
「おはよ、沢田…ところで、それは?」
 京子は振り返り、座っていた花は目線を上げてソレに気付く。いつもとほんの少し違う友人が、いつもと変わらないポヤンとした顔で立っていた。
「え?…ああ、コレ?」
 ちょっと照れながら、綱吉は指摘されたソレに手を伸ばす。彼女の髪には可愛らしいヘアピンが挿してあった。
「珍しいわね。沢田がそんなオシャレな物してくるなんて」
 並中では華美にならない程度のオシャレは許されている。ヘアピンくらいなら付けている女子は多い。しかし、綱吉はあまり興味がないらしく、オシャレな小物はプレゼントされた物以外は持っていない。スカートなど制服以外では着たことがないくらいだ。
 そんな彼女がヘアピンを付けてきた。いったいどういう心境の変化だろうか。
「ツナちゃん、可愛い!」
 普段から、綱吉にはもっと可愛い格好が似合うと公言している京子は喜色満面だ。
「でも、ソレどうしたの?誰かからのプレゼント?」
 昨日のパーティーでヘアピンを贈った人はいないはずだが、誕生日なのだから他にも貰っていたかもしれない。しかし綱吉は、京子の質問に眉を下げて困ったように首を傾げる。
「え〜…と…たぶん…?」
 自信なさげで曖昧な返答に、花と京子は顔を見合わせた。
「たぶんってなによ」
「分からないの?」
「実は今朝、母さんが郵便受けに入っていたのを見つけて…」
 今朝、沢田家の郵便受けから見つかった小さな包みには、プレゼント用のリボンが掛けられていた。それで母は誕生日だった娘へのプレゼントではないかと思い、綱吉に見せたのだが…
「ちょっと、待って!アンタはどこの誰がくれたのかも分からない。しかも本当に自分宛てのプレゼントかも分からない物を付けて来たっていうの?」
「う…うん」
 コクンと頷く綱吉を、花は呆れ顔で見つめる。
「ツナちゃん、ソレ可愛いけど…大丈夫?」
 喜んでいた京子も、流石に心配になったようだ。
「ん…でもね。これを見たときに俺にだって思ったんだ」
 血筋故に、綱吉の勘は恐ろしく鋭い。彼女がそうだと言うのなら、そうなのかもしれないが、それにしたってと花は息を吐く。
「やっぱり危なくない?」
「でも気に入ったんだ。なんかすごく…良いなぁって…」
 綱吉の指が優しくヘアピンを撫でる。小さな桜と小鳥があしらわれた和風の品なのだが、繊細で美しい細工は量産品とは思えない。良い物であるのは確かだ。
「京子、どう思う?」
「ツナちゃんが危険を感じていないなら大丈夫だとは思うけど…」
 やはり贈り主が分からないのは不気味だ。
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