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□白い日には白い物
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 今年のバレンタインは凍りつくような寒い日だった。昼頃から降り始めた雪は止むことを知らず、街を白く染めてあげて行く。
 うっすらと雪化粧された並盛中学校の校舎内を、沢田綱吉は決意を胸に応接室へと向かって歩いていた。好きな人に、雲雀恭弥にチョコレートを渡すためだ。
 玉砕覚悟だった。受け取って貰えるかすら分からない。気持ちまで拒否されたら、落ち込んだまま這い上がってこれないだろう。しかし、雲雀は今年卒業だ。渡せる最後のチャンスかもしれないと、弱気になってしまいそうな心を奮い立たせる。

「好きです!」

 極度の緊張の中、それだけ言って渡した。意外にもすぐに受け取って貰えたが、雲雀がどういう表情をしていたのかは分からない。顔を見ることもできなかった。
 しばらく沈黙が続き、それに耐えられなくなった綱吉が逃げ出す寸前、雲雀が口を開いた。

「ありがとう。僕も君が好きだよ」

 思いがけない返事に、綱吉はようやく雲雀の顔を見る。優しい笑顔だった。その瞬間、窓の外に降っている冷たい雪が、全て花びらに変わったような感覚に陥る。綱吉に、一足早い春が訪れようとしていた。





 バレンタインから一ヶ月。世に言うホワイトデーがやってきた。すっかり暖かくなった陽気と、バレンタインのお返しを期待する女子達で校内の空気は妙に浮き足立っている。
 そんな少しだけ特別な日に、いつもと変わらない日常を過ごした黒川花は、綱吉と共に当番でゴミ出し行った笹川京子を待っていた。
「沢田、雲雀さんにチョコレート渡して告白したのよね?」
「へ?う、うん」
「で、雲雀さんからも好きだって言って貰えたのよね?」
「そ、そうだけど…なんでまたそんなこと言い出すんだ?」
 バレンタインのことは花にも話した。それを今また確認されていることに綱吉は戸惑う。
「付き合ってる感がないのよね。デートしたっていう話しも聞かないし…」
「え?付き合ってないよ」
「…は?」
「うん、だって、付き合って欲しいって言わなかったし、言われなかったから…」
 大きな瞳を瞬かせながら、付き合っていると思われたことが心底不思議だと言うように綱吉は首を傾げた。
 花は驚きと呆れが入り混じった表情でしばらく沈黙した後、長い長い溜め息を吐く。
「アンタねぇ…お互いに好きだって確認したなら、その後普通お付き合いが始まるでしょ?ていうか、始まらなきゃおかしいでしょ?」
「でも…」
「でももくそもない!せっかくホワイトデーなんだし、今すぐそこのところしっかり確認してきなさい!」
 花がこのことを突然話題に出したのは、今日がホワイトデーだからということもある。彼女と綱吉は朝からずっと一緒で、どうにもお返しを貰った様子がない。放課後の今になっても雲雀の姿すら見ないのだ。
「え?今すぐって言われても、雲雀さん居ないみたいなんだけど…」
「居ない?」
「うん、朝早く出て行ったらしいよ」
「なにそれ…」
 花は眉を寄せる。彼女は密かに腹を立てていた。好きだと言ったくせに付き合ってはいない。ホワイトデーはほったらかし。雲雀が普通の範疇に収まらな人間なのは知っているが、大事な友人をないがしろにされているようで、気分が悪かった。
「仕方ないよ。雲雀さん、今の時期忙しいみたいだし、それにお返しならもう貰ったんだ」
「え、なんだ。そうなの?」
「うん、好きって言って貰えたから、それでもう十分」
 幸せそうな顔でふにゃりと笑う綱吉に、それ以上何も言えなくなって花は押し黙る。
 一ヶ月前から綱吉の頭の中は春爛漫だ。お花畑でいっぱいなのだ。普段からしっかりしているとは言えない、ダメツナなんてあだ名が付いている少女だが、ここ最近は地に足が着いていない状態だった。
 そんな綱吉を、花はずっと心配している。

 大丈夫かしら?この子…

 友人をというより、母親か姉にでもなった気分だ。お節介かもしれないが、これはなんとかしなければと思ってしまう。
 しかし問題は雲雀だ。彼が本当のところ、綱吉をどう思っているのかはっきりと訊きたいのだが、気軽に話しかけられる相手ではない。
 どうしたものかと考えていると、京子がゴミ出しから戻ってきた。
「お待たせ…あれ?花、どうしたの?眉間にシワ寄せて…」
 考えているうちに、難しい顔をしていたらしい。寄っているというシワを手で伸ばしながら、花は綱吉が付き合っていないと言ったこと、ホワイトデーのお返しもまだなことを話した。
「う〜ん、それはちょっとね…」
 のんびりした性格の京子だが、流石に心配になったらしい。気遣わしげな表情で綱吉を窺う。
「ダ、ダメなのかな?」
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