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□年賀状に想いを込めて
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それは十二月に入ったばかりのある日。休日にも関わらず、沢田綱吉は学校に来ていた。此処にある人が訪れているという情報を聞いたからだ。
校舎に入り、人気のない廊下を歩く。目的の場所に着くと一度大きく深呼吸した。この部屋は綱吉にとって、とても緊張する場所なのだ。
軽く扉を叩く。返事はすぐに返ってきた。
「失礼します」
そっと扉を開けて中を覗くと、そこには黒髪の少年が一人ソファーに座っていた。
「やあ、君か。何の用?」
少年はこの応接室の主、雲雀恭弥だ。彼が此処に居るのは当たり前のことだが、綱吉が今、用があるのは雲雀ではない。
「あの、ディーノさんは?」
兄弟子であるディーノが来ていることを、綱吉は家庭教師から聞いた。彼に頼み事があったのだが、見たところ居ないようだ。
「うるさかったから追い出した」
雲雀の声が冷たい。空気もヒヤリと冷える。先ほどまで悪くなかった、むしろ良かっただろう雲雀の機嫌が、何故か急降下していた。
え?な、なんで?ディーノさんなんかしたの?
綱吉がそう思うのも無理はない。ディーノの名前を出した途端、雲雀が不機嫌になったのは明らかだ。
「アレに何の用だったの?」
「え!?あ、え〜と、ディーノさんの馬を撮らせて貰おうかと思って…」
「…馬?」
「あ、ほら、未来から来た…俺のナッツや雲雀さんのロールと同じ…」
雲雀がああ、と頷く。未来で匣兵器と呼ばれていた物の動物型は、ユニの計らいによって綱吉達と一緒に過去に送られてきていた。
「ヴァリアーのとこにも動物達が居たから、ディーノさんのとこにも来てると思うんです。で、来年は午年でしょう。だから写真を撮って年賀状に使わせて貰おうかと思ったんです」
綱吉はポケットから手のひらサイズのデジカメを取り出して見せた。
「年賀状の写真が綺麗な白馬だったら、貰った人達も喜ぶかなって」
「そう…なんだ。用があったのは馬の方か…」
「え?」
ぼそりと呟かれた言葉はよく聞き取れなかったが、雲雀の機嫌は何故か良くなったようだった。
「いや、なんでもない。それより跳ね馬は居ないけど、どうするの?」
「あ、そうですね…」
雲雀とディーノが会うとそのままバトルの旅に出てしまうことがよくあるので、そうなる前にと来たのだが、無駄足だった。しかしそれならばそれで、まだ会える可能性はある。
「もしかしたら家に寄ってくれるかもしれないので、俺、帰ります。お騒がせしてすみませんでした」
「…ちょっと待ちなよ」
「はい?」
ペコリと頭を下げて応接室を出ようとした綱吉。それを、雲雀が呼び止めた。
「帰っても跳ね馬が居るとは限らないよ。馬なら僕も持っているからそれを撮ったら?」
「…………は?」
何か今、とっても簡単に凄いことを言われたが、気のせいだったのだろうか。
「え〜と…馬…持ってるって…言いました?」
「うん、匣兵器じゃないよ。本物の馬」
「本物!?凄いですね!」
もちろん匣兵器も凄いのだが、本物を直接見たことのない綱吉にとって、それを所有していることが驚きだった。
「じゃあ、行こう」
「は?」
綱吉の返事を待たず、雲雀は彼女の腕を掴む。
「へ?あ、あの…」
戸惑う綱吉を引きずるように校舎から連れ出すと、雲雀は自分のバイクに乗せた。
「出すよ」
「ふひゃ!?ちょっ…まっ…うぎゃあぁぁぁぁ…!」
並盛の街を疾走するバイクから、綱吉の長い悲鳴が響き渡っていった。
死ぬかと思った!
バイクに乗っていたのは十分ほどだったのだが、雲雀の運転は凄まじかった。荒いわけではない。ただ技術が高すぎて綱吉にはギリギリスレスレにしか思えなかったのだ。
「こっちだよ」
「は、はい」
フラフラとバイクを降りると、着いた先は馬術倶楽部のようだった。随分と郊外にあるが、走った距離から考えると此処も並盛の街なのだろう。
中に入れば初老の男性がすっ飛んで来て、頭突きでもするような勢いで直角に頭を下げた。
「雲雀様!お待ちしておりました!」
どこかで見たことのあるような光景に、綱吉からは乾いた笑いしか出てこない。
雲雀さんてホントに並盛支配してんな〜…
今更なのだが、改めてとんでもない人だと認識する。
そんな雲雀に促され、綱吉は乗馬倶楽部の奥へと入って行く。しばらくすると、広い馬場へと出た。しかしそこには、一頭の馬も見えない。
「馬、居ないですね」
「ああ、僕が行くって連絡したからね。他は厩舎に入れたんだろう」
群れが嫌いな雲雀が来るのだ。なるべく数は少ない方が良い。
でも馬って、群れる生き物だよね…
というツッコミを、綱吉は賢明にも心の中に留めた。